・・・彼等が自ら優等民族と称するも決して誇言ではない、兎角精神偏重の風ある東洋人は、古来食事の問題などは甚だ軽視して居った、食事と家庭問題食事と社会問題等に就て何等の研究もない、寧ろ食事を談ずるなどは、士君子の恥ずる処であった、恐らくは今日で・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・そういう道学的小説観は今日ではもはや問題にならないが、為永春水輩でさえが貞操や家庭の団欒の教師を保護色とした時代に、馬琴ともあるものがただの浮浪生活を描いたのでは少なくも愛読者たる士君子に対して申訳が立たないから、勲功記を加えて以て完璧たら・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・君のいう魔法使いの婆さんとは違った、風流な愛とか人道とか慈くしむとか云ってるから悉くこれ慈悲忍辱の士君子かなんぞと考えたら、飛んだ大間違いというもんだよ。このことだけは君もよく/\腹に入れてかゝらないと、本当に君という人は吾々の周囲から、…・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・たすらに、地味にまずしく、躍る自由の才能を片端から抑制して、なむ誠実なくては叶うまいと伏眼になって小さく片隅に坐り、先輩の顔色ばかりを伺って、おとなしい素直な、いい子という事になって、せっせとお手本の四君子やら、ほてい様やら、朝日に鶴、田子・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ 郷里の親戚や知人の家へ行けば、今でも春田のかいた四君子や山水の絵の襖や屏風が見られる。私はそれを見るたびに、楊枝をかみながら絵絹に対している春田居士を思い浮かべる。その幻像の周囲にはいつものどかな春の光がある。 亮の生まれた時の事・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・智力発達せずして品行の賤しきは、士君子の罪というべし。昔日鎖国の世なれば、これらの諸件に欠点あるも、ただ一国内に止まり、天に対し同国人に対しての罪なりしもの、今日にありては、天に対し同国人に対し、かねてまた外国人に対して体面を失し、その結局・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・世の士君子、もしこの順席を錯て、他に治国の法を求めなば、時日を経るにしたがい、意外の故障を生じ、不得止して悪政を施すの場合に迫り、民庶もまた不得止して廉恥を忘るるの風俗に陥り、上下ともに失望して、ついには一国の独立もできざるにいたるべし。古・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・故に世上有志の士君子が、その郷里の事態を憂てこれが処置を工夫するときに当り、この小冊子もまた、或は考案の一助たるべし。一、旧藩地に私立の学校を設るは余輩の多年企望するところにして、すでに中津にも旧知事の分禄と旧官員の周旋とによりて一校を・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ただ今の世に士君子というべき人が、その子を学校に入れたる趣意を述べて口実に設くれども、かつてその趣意の立たざるもの多きを疑うてこれを咎むるのみ。 その口実に云く、内外多用なるが故に子を教うるの暇なしと。内外の用とは何事を指していうか。官・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・天下の先覚、憂世の士君子と称し、しかもその身に抜群の芸能を得たる男子が、その生活はいかんと問われて、孤児・寡婦のはかりごとを学ぶとは、驚き入ったる次第にして、文明活溌の眼をもって評すれば、ただ憐むべきのみ。 試みに西洋諸国の工商社会を見・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
出典:青空文庫