・・・「三浦の親は何でも下谷あたりの大地主で、彼が仏蘭西へ渡ると同時に、二人とも前後して歿くなったとか云う事でしたから、その一人息子だった彼は、当時もう相当な資産家になっていたのでしょう。私が知ってからの彼の生活は、ほんの御役目だけ第×銀行へ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・家は門地も正しいし、親譲りの資産も相当にある。詩酒の風流を恣にするには、こんな都合の好い身分はない。 実際また王生は、仲の好い友人の趙生と一しょに、自由な生活を送っていた。戯を聴きに行く事もある。博を打って暮らす事もある。あるいはまた一・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・徐ろに患者を毒殺しようとした医者、養子夫婦の家に放火した老婆、妹の資産を奪おうとした弁護士、――それ等の人々の家を見ることは僕にはいつも人生の中に地獄を見ることに異らなかった。「この町には気違いが一人いますね」「Hちゃんでしょう。あ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・そしてU氏は無資産の老母と幼児とを後に残してその為めに斃れてしまった。その人たちは私たちの隣りに住んでいたのだ。何んという運命の皮肉だ。お前たちは母上の死を思い出すと共に、U氏を思い出すことを忘れてはならない。そしてこの恐ろしい溝を埋める工・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・――ところで、とぼけきった興は尽きず、神巫の鈴から思いついて、古びた玩弄品屋の店で、ありあわせたこの雀を買ったのがはじまりで、笛吹はかつて、麻布辺の大資産家で、郷土民俗の趣味と、研究と、地鎮祭をかねて、飛騨、三河、信濃の国々の谷谷谷深く相交・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・しかり、女房があって資産がない。女房もちの銭なしが当世色恋の出来ない事は、昔といえども実はあまりかわりはない。 打あけて言えば、渠はただ自分勝手に、惚れているばかりなのである。 また、近頃の色恋は、銀座であろうが、浅草であろうが、山・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 名古屋に時めく大資産家の婿君で、某学校の教授と、人の知る……すなわち、以前、この蓮池邸の坊ちゃんであった。「見覚えがおありでしょう。」 と斜に向って、お町にいった。「まあ。」 時めく婿は、帽子を手にして、「後刻、お・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 伊藤というはその頃京橋十人衆といわれた幕府の勢力ある御用商人の一人で、家柄も宜かったし、資産も持っていた。が、天下の大富豪と仰がれるようになったのは全く椿岳の兄の八兵衛の奮闘努力に由るので、幕末における伊藤八兵衛の事業は江戸の商人の掉・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ それより三世、即ち彼の祖父に至る間は相当の資産をもち、商を営み農を兼ね些かの不自由もなく安楽に世を渡って来たが、彼の父新助の代となるや、時勢の変遷に遭遇し、種々の業を営んだが、事ごとに志と違い、徐々に産を失うて、一男七子が相続いで生れ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・三好とは聞き及びたる資産家なり。よし。大いによし。あだに費やすべきこの後の日数に、心慰みの一つにても多かれ。美しき獲物ぞ。とのどかに葉巻を燻らせながら、しばらくして、資産家もまた妙ならずや。あわれこの時を失わじ。と独り笑み傾けてまた煙を吐き・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫