・・・同じ程度の現実に対する無知がその実質であったとしても、これまでの作家横光は、少くともその作家的姿態に於ては、何か高邁なるものを求めようとしている努力の姿において自身を示して来た。内容はどういうものにしろ、高邁な精神という流行言葉が彼の周囲か・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・或る気質の女のひとが男などと話しているときの一つの姿態としてそういう表現でものを云うようなことも少なくはないであろう。女のそういう時の本当の心持、うその心持の綯い交る状態を寧ろ面白く思ってきいたのであった。 そのことはそれきり忘れていて・・・ 宮本百合子 「未開の花」
・・・大石段は目的のない人間のいろんな姿態で一杯に重くされ、丹念に暇にあかして薄い紙と厚い紙とがはなればなれになるまで踏みにじられた煙草の吸口などが落ちていた。ボソボソ水気なしでパンをかじった。鳩が飛んで来てこぼれを探し、無いので後から来た別な鳩・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・女性としての人間精神の確立ということについては一葉も時代の制約のなかにあって、確立を不可能にしている世の中の、女への掟に身をうち当てて文学はその訴えの姿態としてあらわれているのである。 小学校を出たばかりの少年や少女たちは、この一二年の・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
・・・ 秋三は勘次にそう云って棺を横に倒すと安次の死体の傍へ近寄せた。 二人は安次の身体を転がしながら、棺の中へ掻き寄せようとした。が、張り切った死人の手足が縁に閊えて嵌らなかった。秋三は堅い柴を折るように、膝頭で安次の手足の関節をへし折・・・ 横光利一 「南北」
・・・ 高田が帰ってからも、梶は、今まで事実無根のことを信じていたのは、高田を信用していた結果多大だと思ったが、それにしても、梶、高田、憲兵たち、それぞれ三様の姿態で栖方を見ているのは、三つの零の置きどころを違えている観察のようだった。 ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・清らかな、のびのびした円い腕。肢体を包んで静かに垂直に垂れた衣。そうして柔らかな、無限の慈悲を湛えているようなその顔。――そこにはいのちの美しさが、波の立たない底知れぬ深淵のように、静かに凝止している。それは表に現われた優しさの底に隠れる無・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・その豊満な肢体や、西方人を連想させる面相や、それらを取り扱う場合の感覚的な興味などは、推古仏にはほとんどないものと言ってよい。推古仏の特徴は肢体がほっそりした印象を与えること、顔も細面であること、それらを取り扱う場合に意味ある形を作り出すこ・・・ 和辻哲郎 「麦積山塑像の示唆するもの」
・・・すなわち人形の肢体を形成しているのは実はこの四本の紐なのであって、手や足はこの紐の端に過ぎない。従って足を見せる必要のない女の人形にあっては肢体の下半には何もない。あるのは衣裳だけである。 人形の肢体が紐であるということは、実は人形の肢・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
・・・ ところでこの能面が舞台に現われて動く肢体を得たとなると、そこに驚くべきことが起こってくる。というのは、表情を抜き去ってあるはずの能面が実に豊富きわまりのない表情を示し始めるのである。面をつけた役者が手足の動作によって何事かを表現すれば・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫