・・・ 燈火に対して、瞳清しゅう、鼻筋がすっと通り、口許の緊った、痩せぎすな、眉のきりりとした風采に、しどけない態度も目に立たず、繕わぬのが美しい。「これは憚り、お使い柄恐入ります。」 と主人は此方に手を伸ばすと、見得もなく、婦人は胸・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ やがて博士は、特等室にただ一人、膝も胸も、しどけない、けろんとした狂女に、何と……手に剃刀を持たせながら、臥床に跪いて、その胸に額を埋めて、ひしと縋って、潸然として泣きながら、微笑みながら、身も世も忘れて愚に返ったように、だらしなく、・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ はだかる襟の白さを合すと、合す隙に、しどけない膝小僧の雪を敷く。島田髷も、切れ、はらはらとなって、「堪忍してよう、おほほほほ、あははははは。」 と、手をふるはずみに、鳴子縄に、くいつくばかり、ひしと縋ると、刈田の鳴子が、山に響いて・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・神聖なものだ。しどけない有様は、どこにも無い。ひっそり閑としたものだ。ここにも、君の失敗がある。つつしむべきは、好色の念だね。君なんかに、のぞき見されて、たまるもんか。君は、ときどき上流の家庭にも、しのび込んで、そうして、そこの大奥様の財布・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・お花はしどけない風をして、お松に附いて梯子を降りて行った。 便所は女中達の寝る二階からは、生憎遠い処にある。梯子を降りてから、長い、狭い廊下を通って行く。その行き留まりにあるのである。廊下の横手には、お客を通す八畳の間が両側に二つずつ並・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫