・・・私達がそれらの難関と苦境とに処して何かの希望と方向とを発見し、それを凌ぎ前進して行けるのは何の力によってであろうか。それはただ私達が自分の経験を我が物と充分自覚してうけとり、それを凡ゆる角度から玩味し、研究し、社会の客観的な歴史と自分の経験・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・その波濤を、ああしこうし工夫して凌ぎゆくわけだが、そのようにして生活して行くというだけでは、殆ど未だ人間経験というところまでも収穫されていないと云える。そのような日暮しから受ける心持、そのような日暮しに向ってゆく自分の心の動きよう、そういう・・・ 宮本百合子 「地の塩文学の塩」
・・・これは、『若菜集』によって、俄に盛名をあげた藤村がこれまでと異った身辺の事情・角度から人生の波の危くしのぎがたいのを感じた心の反映として深い興味を覚える。 この境地から脱し、当時の文壇の騒々しさから脱しようとして、二十八歳の詩人藤村は「・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・外の女達はしずんだかおをして居ながら――又経をくりかえしながら退屈しのぎに時々は低い声でしゃべって居たけれ共、紅一人は持仏の室に入ったきり夜一夜かねをならし、通る細いしおらしい声で経をよんで居た。経の切れ目切れ目にはかすかに啜泣きするらしい・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・それは私のせめてものくつろぎ用、寒さしのぎ用だが、部屋着から思いついて、どてら代りに綿入元禄袖のついたけ着物のように縫ったものに、横で結ぶ紐をつけ、寝間着の上から羽織ったり、夜はふだん着の上にひっかけたりして、便利している。 洋服暮しの・・・ 宮本百合子 「働くために」
・・・僅かの給料を唯一の資力として微に支えられて行く生活も、いざと云う時、後で手を延して呉れる者が在る間は凌ぎ得ない苦痛ではありませんでした。が、頼るべき何人も何物も無く、全く一人ぼっちに成って見ると、彼女にとって現状のままを引延して予想した未来・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
・・・ 本年の夏は、例年東京の炎天をしのぎ易くする夕立がまるきりなかった。屋根も土も木も乾きあがって息づまるような熱気の中を、日夜軍歌の太鼓がなり響き、千人針の汗と涙とが流れ、苦しい夏であった。長谷川時雨さんの出しておられるリーフレットで、『・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・その辛さは、自身の成長過程に不調和が生じているばかりでなく、その成長期の動乱を統一する力として外部にある学課、ことに数学その他が十分若く不安な精神を掴みまとめる魅力をもっていないことからも、凌ぎにくいものとして経験されるのだと思われる。・・・ 宮本百合子 「私の科学知識」
・・・天気はまだ少し蒸暑いが、余り強くない南風が吹いていて、凌ぎ好かった。船宿は今は取り払われた河岸で、丁度亀清の向側になっていた。多分増田屋であったかと思う。 こう云う日に目貫の位置にある船宿一軒を借切りにしたものと見えて、しかもその家は近・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・友情は愛ではなくてただ退屈しのぎの交際であった。関係はただ自分の興味を刺戟し得る範囲に留まっていた。愛の眼を以て見れば弱点に気づいてもそれを刺そうという気は起らないが、嘲りの眼を以て見れば弱点をピンで刺し留めるのが唯一の興味である。それ故人・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
出典:青空文庫