・・・ましてやその他の月卿雲客、上臈貴嬪らは肥満の松風村雨や、痩身の夷大黒や、渋紙面のベニスの商人や、顔を赤く彩ったドミノの道化役者や、七福神や六歌仙や、神主や坊主や赤ゲットや、思い思いの異装に趣向を凝らして開闢以来の大有頂天を極めた。 この・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ これは、私にとって、特殊的な場合でありますが、長男は、来年小学校を出るのですが、図画、唱歌、手工、こうしたものは自からも好み、天分も、その方にはあるのですが、何にしても、数学、地理、歴史というような、与えられたる事実を記憶したりする学・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・そして学校で手工にはさみがいることになりました。「英ちゃんが持っていくのに、ちょうどあぶなくなくてこのはさみがいいでしょう。」と、お母さんが、赤いひものついているはさみをお出しになりました。 はさみはまた筆入れの中にいれられて、その・・・ 小川未明 「古いはさみ」
・・・ 施薬をうけるものは、区役所、町村役場、警察の証明書をもって出頭すべし、施薬と見舞金十円はそれぞれ区役所、町村役場、警察の手を通じて手交するという煩雑な手続きを必要とした魂胆に就いては、しばらくおくとしても、あの仰々しい施薬広告はいった・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ という一行の落ちで、自分の生涯を片づけてしまおうというこの試みは、一葉落ちて天下の秋を知るようなもので、一応気が利いていようが、趣向だけ目立って、真実性に乏しい。自分というものに対して、逃げを打っているのかも知れない。 けれど、逃・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ 間もなく貞二が運ぶ酒肴整いければ、われまず二郎がために杯を挙げてその健康を祝し、二郎次にわがために杯を挙げかくて二人ひとしく高く杯を月光にかざしてわが倶楽部の万歳を祝しぬ。 二郎はげに泣かざるなり、貴嬢が上を語りいで、こし方の事に・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・そして次の間をあけると酒肴の用意がしてある。それを運びこんで女と徳二郎はさし向かいにすわった。 徳二郎はふだんにないむずかしい顔をしていたが、女のさす杯を受けて一息にのみ干し、「いよいよ何日と決まった?」と女の顔をじっと見ながらたず・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・室――に向うを向いてしゃんと坐って、そうして釣竿を右と左と八の字のように振込んで、舟首近く、甲板のさきの方に亙っている簪の右の方へ右の竿、左の方へ左の竿をもたせ、その竿尻をちょっと何とかした銘の随意の趣向でちょいと軽く止めて置くのであります・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・人をしてなるほどと首肯点頭せしむるに足るだけの骨董を珍重したのである。食色の慾は限りがある、またそれは劣等の慾、牛や豚も通有する慾である。人間はそれだけでは済まぬ。食色の慾が足り、少しの閑暇があり、利益や権力の慾火は断えず燃ゆるにしてもそれ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・なんでもああいう児には静かな手工のようなことが一番好いで、そこへ私も気がついたもんだで、それから私も根気に家の仕事の手伝いをさせて。ええええ、手工風のことなら、あれも好きで為るわいなし。そのうちに、あなた、あれも女でしょう。あれが女になった・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
出典:青空文庫