・・・わたくしはこれを首肯する。そして不用意に古言を用いることを嫌う。 しかしわたくしは保守の見解にのみ安住している窮屈に堪えない。そこで今体文を作っているうちに、ふと古言を用いる。口語体の文においてもまた恬としてこれを用いる。着意してあえて・・・ 森鴎外 「空車」
・・・でも手紙を一本落しなすったばかりで、せっかくの趣向がこわれてしまったじゃありませんか。手紙を拾った翌日あなたの御亭主の正体が分かる。あなたのうそが分かる。そこでわたくしは無駄骨を折らなくてもいい事になる。あんな御亭主に比べて見れば、わたくし・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・「吉は手工が甲だから信楽へお茶碗造りにやるといいのよ。あの職人さんほどいいお金儲けをする人はないっていうし。」 そう口を入れたのはませた姉である。「そうだ、それも好いな。」 と父親は言った。 母親だけはいつまでも黙ってい・・・ 横光利一 「笑われた子」
・・・またスーダンの国家の特有の組織はイスラムよりもはるか前からあり、ニグロ・アフリカの耕作や教育の技術、市民的な秩序や手工芸などは、中央ヨーロッパにおけるよりも千年も古いのである。「アフリカ的なるもの」は、要約して言えば、合目的的、峻厳、構・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫