・・・左れば人生の苦楽相半し、其歓楽の一方は男子の専有にして、女子には生涯苦労の一方のみを負担せしめんとするか、無理無法も亦甚だしと言う可し。左なきだに凡俗社会の実際を見れば、婦人は内を治め男子は外を勉むると言う。其内外の趣意を濫用して、男子の戸・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・よし自分の頭には解っていても、それを口にし文にする時にはどうしても間違って来る、真実の事はなかなか出ない、髣髴として解るのは、各自の一生涯を見たらばその上に幾らか現われて来るので、小説の上じゃ到底偽ッぱちより外書けん、と斯う頭から極めて掛っ・・・ 二葉亭四迷 「私は懐疑派だ」
・・・己は何日もはっきり意識してもいず、また丸で無意識でもいず、浅い楽小さい嘆に日を送って、己の生涯は丁度半分はまだ分らず、半分はもう分らなくなって、その奥の方にぼんやり人生が見えている書物のようなものになってしまった。己の喜だの悲だのというもの・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・そのときあちこちの氷山に、大循環到着者はこの附近に於て数日間休養すべし、帰路は各人の任意なるも障碍は来路に倍するを以て充分の覚悟を要す。海洋は摩擦少きも却って速度は大ならず。最も愚鈍なるもの最も賢きものなり、という白い杭が立っている。これよ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・「みんなで障碍物競争をやろうと思ったんです。」「あのわなをかけることを、学校では禁じているのだが、お前はそれを忘れていたのか。」「覚えていました。」「そんならどうしてそんなことをしたのだ。こう云う工合にお客さまが度々おいでに・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・けれども、その場面場面で一杯にやっているだけで、桃割娘から初まる生涯の波瀾の裡を、綿々とつらぬき流れてゆく女の心の含蓄という奥ゆきが、いかにも欠けている。だから、いきなり新宿のカフェーであばずれかかった女給としておふみが現れたとき、観客は少・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・その思想的空白、ファシズムの暗いほらあなにうちこまれていた理性のゆがみと弱視のために、この四年間日本の民主主義は独特な障害に面してきています。猪木氏の出現は、今日の若い読者層が過去の社会科学の文献に通じていず、したがって同氏が論拠とされてい・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 男のひとにしろ、そういう社会的な障害にぶつかった場合、やはりとかく不満や居心地わるさの対照に女をおいて、女らしさという呪文を思い浮べ、女には女らしくして欲しいような気になり、その要求で解決がつけば自分と妻とが今日の文明と称するもののう・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・これらのひとびとは国民健康保険、養老年金、傷害保険、その他一年、二ヵ月の休暇や、いろいろな条件をもっています。お母さんが病気をしたり姙娠した場合は、働いている人の妻であり、勤労者の妻である、組合員の妻であるということで、組合から地区の病院、・・・ 宮本百合子 「社会と人間の成長」
・・・ 集団農場、工場は診療所をもっている。傷害保険、養老保険は、手前の賃銀からサッ引かれることはない。国家が負担する。一年一ヵ月ずつ給料つきの休暇を貰って、「休みの家」へ休みに行く。昔の美しい離宮、ブルジョアの大別荘が、今は楽しい勤労大衆の・・・ 宮本百合子 「ソヴェト労働者の解放された生活」
出典:青空文庫