・・・而も、彼には、人間として精進し、十善に達したい意慾が、真心から熱烈にあった。 作品にその二つが調和して現れた場合、ひとは、ムシャ氏の頼もしさとは又違う種類の共鳴、鼓舞、人生のよりよき半面への渇仰を抱かせられたのだ。 彼は、学識と伝統・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・昔、宇野浩二が書いた小説に、菊富士ホテルの内庭で、わからない言葉で互によんだり、喋ったりしながら右往左往しているロシアの小人たちの旅芸人の一座を描いたものがあった。植込みや泉水のある庭のあちこちを動いたり、その庭に向っている縁側を男や女の小・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・類型的でなくなる努力、淡泊さ、見栄え等を本当のものにする精進、性の上から来る色々の欠陥と不自由、それから脱出する苦悶――女性は芸術の種を実に沢山持ってはいるが、然しそれを植えつけ、花にすることの困難をもっています。其処に女性として永久的な苦・・・ 宮本百合子 「今日の女流作家と時代との交渉を論ず」
・・・評論における「現実認識の直接性が、自己の生身の存在に対して上位にあるかの如き意識を絶えず感じさせられている。批評家は作家たちに対してのみならず自分自身に対しても照れ臭いのである」これもなかなか含蓄のある感情だと思う。この著者が、そのようにし・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・武士出身の芭蕉が芸術へ精進した気がまえ、支那伝来の文化をぬけてじかに日本の生活が訴えてくる新しい感性の世界を求めた芭蕉の追求の強さ、芭蕉はある時期禅の言葉がどっさり入っているような句も作った。その時代を通過してから芭蕉の直感的な実在表現は、・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・それにもかかわらず人々はその題を見てすぐ日常自分たちと混ってそこら辺にいる生身の好もしく又好もしからざる青年たちとしての学生を感じ、彼等の生活の姿を眼底に髣髴する。それに対して漠然直感されている各人の日頃からの感想というようなものも、その題・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・ 松園があれだけ彼女としての精進を重ねて今日「青眉抄」をまとめたのだが、この随談随筆の中に、修業時代からマイステルに至る間に感服して見た古典、同時代人の作品などに一言もふれていないのは、奇異な感じがした。 師匠についてのみ語っている・・・ 宮本百合子 「「青眉抄」について」
・・・向高は、少し本をよんだので「先に小人、後に君子」の道理をのみこめたし、生存の利害はきっちり春桃に結ばれていたし、嫉妬してはならないと云ったから、彼はその種子さえも踏みにじってしまった。李茂にしても、春桃のところから出てほかのどこへ行きたかろ・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ 今までは、貧しくこそあれ一文の貸しもない代りに、また借りもなく、家内中の者が家内中の手で暮していられた彼等の生活には、絶えずジリジリと生身に喰いこんで来る重い重い枷が掛けられた。 どうにかしてはずしたい。 何とかして元の身軽さ・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 孔子が、小人閑居して不善を為す と云ったのは、流石に孔子様だ。今私は、自分で困るほどひまだ。否、強いてひまにさせられて居る。何かしなければならないと、心に思って居ても、現在することがないと、下らないことを思う。彼の言葉ではないが、雑念・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
出典:青空文庫