・・・昔から天狗に遭えば生身を八ツ裂にされて喰われるということは聞いておりました。この山中で逃れる術もありますまい。もう覚悟は決めました。然しこんな哀れな百姓にも一期の願いというものはございます。それを聞いては下さいますまいか」 天狗は鷹揚に・・・ 宮本百合子 「ブルジョア作家のファッショ化に就て」
・・・田舎風な都会、一年の最高頂の時期は、罵声と殴り合いの合奏する巨額な金の集散、そのおこぼれにあずからんとする小人の詭計の跳梁、泥酔、嬌笑に満ち、平日は通俗絵入新聞が地方客に向って撒く文化を糧としつつ、ヴォルガ沿岸の農民対手の小商売で日暮してい・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 私は、丁度、濡れそぼたれた獣同志が、互に身を寄せて暖め合うような、生身の愛と憎と惨めさを感じずには居られないのである。 考えて御覧なさい。 私共は、何時から人間の生活の、大らかな純一性を求めて来ただろう、そして又、此から先、何・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・曰く「小人閑居して不善をなす」明治・大正の女流教育家たちは、その解釈を、日本資本主義の興隆期らしい楽天性と卑俗性とで与えた。人間は目的を持って努力の生活をすれば、自ら身体は強健になり、蓄財も出来、老後は天命を楽しめるのである。「怒るな。働け・・・ 宮本百合子 「私たちの社会生物学」
・・・徒目附、小人目附等に、手附が附いて来たのである。見分の役人は三右衛門の女房、伜宇平、娘りよの口書を取った。 役人の復命に依って、酒井家から沙汰があった。三右衛門が重手を負いながら、癖者を中の口まで追って出たのは、「平生の心得方宜に附、格・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・そこにはただ修道と鍛練との精進生活があったばかりではない。むしろあらゆる学問、美術、教養などがその主要な内容となっていた。あたかも大学と劇場と美術学校と美術館と音楽学校と音楽堂と図書館と修道院とを打って一丸としたような、あらゆる種類の精神的・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・それゆえ、私は精進する。 このような努力においてもキェルケゴオルは私のきわめて近い友であり、また師であった。 私はこの書において、できるだけキェルケゴオルを活かそうと努めたが、それがどのくらいに成功しているかは自分にはわからない。私・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
出典:青空文庫