・・・そして、五号の部屋の障子の破れ目から中を覗いてみたが、蒲団の襟から出ている丸髷とかぶらの頭が二つ並んだまままだなかなか起きそうにも見えなかった。 灸は早く女の子を起したかった。彼は子供を遊ばすことが何よりも上手であった。彼はいつも子供の・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・ 三 今は、彼の妻は、ただ生死の間を転っている一疋の怪物だった。あの激しい熱情をもって彼を愛した妻は、いつの間にか尽く彼の前から消え失せてしまっていた。そうして、彼は? あの激しい情熱をもって妻を愛した彼は、今は・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・そこにはただ修道と鍛練との精進生活があったばかりではない。むしろあらゆる学問、美術、教養などがその主要な内容となっていた。あたかも大学と劇場と美術学校と美術館と音楽学校と音楽堂と図書館と修道院とを打って一丸としたような、あらゆる種類の精神的・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・それゆえ、私は精進する。 このような努力においてもキェルケゴオルは私のきわめて近い友であり、また師であった。 私はこの書において、できるだけキェルケゴオルを活かそうと努めたが、それがどのくらいに成功しているかは自分にはわからない。私・・・ 和辻哲郎 「「ゼエレン・キェルケゴオル」序」
・・・しかしそれがさらに明らかに現われているのは生死の問題についてである。ここに先生自身の超脱への道があったように思う。 元来先生は軽々しく解決や徹底や統一を説く者に対して反感を持っていた。人生の事はそう容易に片づくものでない。頭では片づくだ・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫