・・・日本の青年男女に、はじめて交際の自由が唱道せられた時分である。それまでは、男女席を同うせずといったような堅苦しい旧道徳の束縛が、互に物を言ったり、交際するのをすら障げていた。これに対する反動は、たゞちに、恋愛至上主義にまで行ったのである。・・・ 小川未明 「婦人の過去と将来の予期」
・・・そんなことを思いながら彼はすぐにも頬ぺたを楓の肌につけて冷やしてみたいような衝動を感じた。「やはり疲れているのだな」彼は手足が軽く熱を持っているのを知った。「私はおまえにこんなものをやろうと思う。一つはゼリーだ。ちょっと・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・です、それこそ今のおかたには想像にも及ばぬことで、じゃんと就業の鐘が鳴る、それが田や林や、畑を越えて響く、それ鐘がと素人下宿を上ぞうりのまま飛び出す、田んぼの小道で肥えをかついだ百姓に道を譲ってもらうなどいうありさまでした。 ある日樋口・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ そこで私はまず城山を捜すがよかろうと、田口の僕を一人連れて、ちょうちんの用意をして、心に怪しい痛ましいおもいをいだきながら、いつもの慣れた小道を登って城あとに達しました。 俗に虫が知らすというような心持ちで天主台の下に来て、「・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・人はいやしくも他人の願望を知れば、その実現を妨ぐる事情なき限り、自分の願望と等しく、この他人の願望によって規定されずにいられない自然の衝動を持っている。他人との同情はわれわれを利他的行為に駆るのである。利他は利己の打算的手段として起こったも・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・この湧き上ってくる衝動と、興奮と、美しく誘うが如きものは何であろう。人生には今や霞がかかり、その奥にあるらしい美と善との世界を、さらに魅力的にしたようである。若き春! 地上には花さえ美しいのにさらに娘というものがある。彼女たちは一体何も・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・また鎌倉政庁の耳目を聳動させたのももとよりのことであった。 法華経を広める者には必ず三類の怨敵が起こって、「遠離於塔寺」「悪口罵言」「刀杖瓦石」の難に会うべしという予言は、そのままに現われつつあった。そして日蓮はもとよりそれを期し、法華・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・子供が自分の衝動の赴くまゝに、やりたい要求からやったことが、先生から見て悪いことがたび/\ある。子供はそこで罰せられねばならない。しかも、それは、子供ばかりにあるのではなかった。誰れにでもあることだ。人間には、どんなところに罪が彼を待ち受け・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・その屋根にあがった、一等兵の浜田も、何か悪戯がしてみたい衝動にかられていた。昼すぎだった。「おい、うめえ野郎が、あしこの沼のところでノコ/\やって居るぞ。」 と、彼は、下で、ぶら/\して居る連中に云った。「何だ?」 下の兵士・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ただ同君の前期の仕事に抑々亦少からぬ衝動を世に与えて居ったという事を日比感じて居りましたまま、かく申ます。 幸田露伴 「言語体の文章と浮雲」
出典:青空文庫