・・・妻が風呂敷を被って荷を背負うと仁右衛門は後ろから助け起してやった。妻はとうとう身を震わして泣き出した。意外にも仁右衛門は叱りつけなかった。そして自分は大きな荷を軽々と背負い上げてその上に馬の皮を乗せた。二人は言い合せたようにもう一度小屋を見・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ そういって兄は背負うたスガイ藁を右の肩から左の肩へ移した。隣のお袋と満蔵とはどんなおもしろい話をしてかしきりに高笑いをする。清さんはチンチンと手鼻をかんでちょこちょこ歩きをする。おとよさんは不興な顔をして横目に見るのである。 今年・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・自分はいつものごとくに、おんぼという姉とおんもという妹とをいっしょに背負うて、しばらく彼らを笑わせた。梅子が餌を持ち出してきて鶏にやるので再び四人の子どもは追い込みの前に立った。お児が、「おんちゃんおやとり、おんちゃんおやとり」 と・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・お母さんに叱られたら僕が咎を背負うから……人が何と云ったってよいじゃないか」 何というても児供だけに無茶なことをいう。無茶なことを云われて民子は心配やら嬉しいやら、嬉しいやら心配やら、心配と嬉しいとが胸の中で、ごったになって争うたけれど・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・私は見慣れた千草の風呂敷包を背負って、前には女房が背負うことに決っていた白金巾の包を片手に提げて、髪毛の薄い素頭を秋の夕日に照されながら、独り町から帰ってくる姿を哀れと見た。で、女房はさすがに怖がって外へもなるべく出ないようにしている。銭占・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・蹴ったくそわるいさかい、亭主の顔みイみイ、おっさんどないしてくれまんネいうて、千度泣いたると、亭主も弱り目にたたり目で、とうとう俺を背負うて、親父のとこイ連れて行きよった。ところが、親父はすぐまた俺を和泉の山滝村イ預けよった。山滝村いうたら・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・その頃、蝶子はまだ二つで、お辰が背負うて、つまり親娘三人総出で、一晩に百個売れたと種吉は昔話し、喜んで手伝うことを言った。関東煮屋のとき手伝おうと言って柳吉に撥ねつけられたことなど、根に持たなかった。どころか店びらきの日、筋向いにも果物屋が・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・次代を背負う青年がただ娘たちの好みに引きずられるだけでは心細い。彼女たちの好みにまかせておれば、スマートな、物わかりのいい、社会的技能のあるような青年がふえても、深みと、敦みのある理想主義の青年などは減っていきそうに見える。貧困とたたかって・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 祖母はすやすや寝ている小さい弟を起して、古い負いこに包んで背負うと、彼を醸造場へつれて行った。年が寄って寒むがりになった祖母は、水鼻を垂らして歩きながら、背の小さい弟をゆすり上げてすかした。 醸造場へ行くと、彼女は、孫の仁助に・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・やせた女ではあるが、十貫は楽に背負う。さかなくさくて、ドロドロのものを着て、モンペにゴム長、男だか女だか、わけがわからず、ほとんど乞食の感じで、おしゃれの彼は、その女と取引きしたあとで、いそいで手を洗ったくらいであった。 とんでもないシ・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
出典:青空文庫