・・・この際や読書訳文の法、ようやく開け、諸家翻訳の書、陸続、世に出ずるといえども、おおむね和蘭の医籍に止まりて、かたわらその窮理、天文、地理、化学等の数科に及ぶのみ。ゆえに当時、この学を称して蘭学といえり。 けだしこの時といえども、通商の国・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・ 書家の説にいわく、楷書は字の骨にして草書は肉なり、まず骨を作りて後に肉を附くるを順序とす、習字は真より草に入るべしとて、かの小学校の掛図などに楷書を用いたるも、この趣意ならん。一応もっとも至極の説なれども、田舎の叔母より楷書の手紙到来・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・羲之の書をデモ書家が真似したとて其筆意を取らんは難く、金岡の画を三文画師が引写にしたればとて其神を伝んは難し。小説を編むも同じ事也。浮世の形を写すさえ容易なことではなきものを況てや其の意をや。浮世の形のみを写して其意を写さざるものは下手の作・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・器具は特別に芸術家の手を煩わして図案をさせたものである。書架は豊富である。Bibelots と云う名の附いている小さい装飾品に、硝子鐘が被せてある。物を書く卓の上には、貴重な文房具が置いてある。主人ピエエルが現代に始めて出来た精神的貴族社会・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・去年の初夏、日本出版協会は『テラス』『ロマンス』などからはじまってとくに猥雑なエログロ出版の氾濫を整理しようとして苦心したことがあります。出版綱領実践委員会が集って日本の出版の浄化のために幾たびか協議しました。その過程で非常に注目すべきこと・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・そして、一九三八年まる一年と翌年の初夏まで、私はかいたものの発表が出来なかった。中野重治も同じようなことであったと思う。「その年」という小説は、こういうひどい時期の記念の作品となった。『文芸春秋』が、一九三九年の春、もうそろそろ私も作品・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・一九三二年から四〇年いっぱいといえば八年の年月だが、その間には一九三八年から翌年の初夏までつづいた作品の発表禁止の期間がはさまり、通算六百日ばかりの拘禁生活の期間がある。ここに集められている評論、伝記は主として一九三七年一九三九、四〇年にか・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・ 註 本文に引例した諸家の作品を、直接に見ようと思われる読者のために、それ等が何に収められているかを、記して置く。「興津彌五右衛門の遺書」・「阿部一族」・「佐橋甚五郎」、「高瀬舟」「寒山拾得」・「じいさんばあさん」、「椙原品・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 去年の暮、文学の分野に関しては、ともかく或る概括が諸家によってされていた。その前年からルポルタージュとか生産文学とか農民文学とか激しく動揺していた現代文学の雰囲気も、十四年に入ってからはそれぞれの歩みのなかでおのずから一応の落付きを示・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・ さっき触れた朝日新聞の諸家の見解の中で山脇高女の先生である竹田菊子氏が、男装のレビューガール等を慕うのは「この頃は昔と違って結婚年齢がおくれているから、結婚まで一つの遊戯をしようと考えているのではなかろうか」と述べていられるのは、・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
出典:青空文庫