・・・ 臨終には間に合わず、わざわざ飛んで来てくれたK君の最後のしらせに、人力にゆられて早稲田まで行った。その途中で、車の前面の幌にはまったセルロイドの窓越しに見る街路の灯が、妙にぼやけた星形に見え、それが不思議に物狂わしくおどり狂うように思・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・ 過去帳 丑女が死んだというしらせが来た。彼女は郷里の父の家に前後十五年近く勤めた老婢である。自分の高等学校在学中に初めて奉公に来て、当時から病弱であった母を助けて一家の庶務を処理した。自分が父の没後郷里の家をたたん・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・江戸川の水勢を軟らげ暴漲の虞なからしむる放水路の関門であることは、その傍まで行って見なくとも、その形がその事を知らせている。 水の流れは水田の唯中を殆ど省線の鉄路と方向を同じくして東へ東へと流れて行く。遠くに見えた放水路の関門は忽ち眼界・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・それは犬殺しが何処かで赤犬の肉を註文されて狙いをつけたのだから屹度殺してやるとそこらで放言して行ったということを知らせる為めであった。文造は心底から大事と思って知らせたのであったが然し此は知らなかった方が却て太十にも犬にも幸であったのである・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・「それ御覧遊ばせ、やっぱり虫が知らせるので御座います」「婆さん虫が知らせるなんて事が本当にあるものかな、御前そんな経験をした事があるのかい」「あるだんじゃ御座いません。昔しから人が烏鳴きが悪いとか何とか善く申すじゃ御座いませんか・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・どうも病気は癒っておらぬらしい。しらせはまだ来ぬが、来ぬと云う事が安心にはならん。今に来るかも知れん、どうせ来るなら早く来れば好い、来ないか知らんと寝返りを打つ。寒いとは云え四月と云う時節に、厚夜着を二枚も重ねて掛けているから、ただでさえ寝・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ ――必要を知らせてやろう。 ――覚えてろ! ――忘れろったって忘られるかい。鯰野郎! 出直せ! ――…… 私は顔中を眼にして、彼奴を睨んだ。 看守長は慌てて出て行った。 私は足を出したまま、上体を仰向けに投げ出・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・「平田さんが今おいでなさッたから、お梅どんをじきに知らせて上げたんだよ」「そう。ありがとう。気休めだともッたら、西宮さんは実があるよ」「早く奥へおいでな」と、小万は懐紙で鉄瓶の下を煽いでいる。 吉里は燭台煌々たる上の間を眩し・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・日本の女子に権力なしと言う其原因は様々なれども、女子が家に在るとき父母の教その宜しきを得ず、文字遊芸などは稽古させても経済の事をば教えもせず、言い聞かせもせず、態と知らせぬように育てたる其報は、女子をして家の経済に迂闊ならしめ、生涯夢中の不・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・そこでぼくはみんなに知らせた。何だか手を気を付けの姿勢で水を出たり入ったりしているようで滑稽だ。先生も何だかわからなかったようだが漁師の頭らしい洋服を着た肥った人がああいるかですと云った。あんまりみんな甲板のこっち側へばかり来たものだか・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
出典:青空文庫