・・・ 今もいった通り、異様に森閑とした波止場町から、曲って、今度は支那人の裁縫店など目につく横丁を俥は走っている。私は、晴やかな希望をもって頻りにその町のつき当り、小高い樹木の繁みに注目していた。外でもない。我等のジャパン・ホテルは確にそこ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・その他、神官と、僧侶と、この村の開墾当時から移り住んで居た、牛乳屋の家族、などは、実際の村のすべての事を処理して行く上には実力が有った。 こんな人達の勢力は、実に「井の中の蛙」と云うのに適当なものである。 中学校がこんな村にある! ・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・が世界的な、震撼的な出来事だということは理解した。が、彼女はどんな大衆的行動にも、歴史的な市街戦にも参加しなかった。革命は彼女の「わきを通り過ぎた」。「十月」はそんな工合にあらわれたとしても、それに引きつづいてすぐソヴェト同盟の建設とい・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・もっと後になって、ゴーリキイの知った祖母の生涯の終の有様は彼を震撼した。二人の従兄弟と子もちのその妹――健康な若い者ども――が祖母の首にかかり、彼女の集めた施物によって食っていたのであった。八つの時ゴーリキイが、五哥、十哥を稼いでやった、そ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・の価値及び一般急進的インテリゲンツィアの任務に加えた評価は、褒むべきであったが、彼のその気持は一九一七年の一大画期に於て、再びレーニンと対立するような結果を導き出した。 ゴーリキイは、「十月」の震撼的高揚の後にも「大衆の理解力は依然とし・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・ 世界を震撼させた「十月」がロシアに来た。 レーニンを指導者とするこの偉大で困難きわまるプロレタリア革命の時期に、小市民出身であり、自身率直に告白している通り「怪しげなマルクシスト」であったゴーリキイは、きわめて複雑な経験をした・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
・・・ 再び森閑とした夜気。――私共は炬燵にさし向いの顔を見合わせ、微笑んだ。こちらのささやき。「地方色よ」「余り静かだからいい景物だ――でも、わるい妓だな」 程なく「ああ冷えちゃった」 立ったまま年増の女の云う声がした。・・・ 宮本百合子 「町の展望」
・・・同じようにして待つ間を、そこの右手にある新刊書棚など眺めている。ふと見るとその棚に、「新女大学」という一冊の本がある。著者は菊池寛。経済年鑑のようなものを借りに来ている和服の若い女のひとも、洋装で、ドイツ語の医学書を借りているひとも、そのほ・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
・・・ メーデーの日、モスクワの街々は、かえって深閑としている。あらゆる人群は、モスクワの中央部へ、赤い広場へと注ぎこまれて、すこし離れた街筋は、人気ない五月の空に、街頭ラジオが溢れだす音楽と大群集の歓呼の声をまいている。夕方、行進が解散・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
・・・読者の内に新しい疑問をかき立てて、その人間が鏡をとって改めて自分の顔を見直さずにおられない程の不安を点火したり、その人の営んでいる今日の生活の底が、ああ破れてしまったと感じさせる程の震撼を与えることもない。山本有三氏の作品を読むと、人々は作・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
出典:青空文庫