・・・ これは進化論ばかりではない。地球は円いと云うことさえ、ほんとうに知っているものは少数である。大多数は何時か教えられたように、円いと一図に信じているのに過ぎない。なぜ円いかと問いつめて見れば、上愚は総理大臣から下愚は腰弁に至る迄、説明の・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ただ彼の知っているのはこの舎衛国の波斯匿王さえ如来の前には臣下のように礼拝すると言うことだけである。あるいはまた名高い給孤独長者も祇園精舎を造るために祇陀童子の園苑を買った時には黄金を地に布いたと言うことだけである。尼提はこう言う如来の前に・・・ 芥川竜之介 「尼提」
・・・就中、芸術の真価が外国人の批評で確定される場合の多いは啻に日本の錦絵ばかりではないのだ。 二十年前までは椿岳の旧廬たる梵雲庵の画房の戸棚の隅には椿岳の遺作が薦縄搦げとなっていた。余り沢山あるので椽の下に投り込まれていたものもあった。寒月・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・綜合雑誌の中に混っては埋れて個性的な感じを与へなかったのが、独立して、真価を発するのを見れば、本来から、其種に別があり、雑誌向のものがあるような気がします。 ジャナリズムの舞台として、雑誌は新聞に近き性質のものです。机上に置いて玩味し、・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・ 流石に、ラッセルは、我が国に来て講演した際に、社会進化の考察を二つの立脚点からすることを忘れなかった。経済制度の改革に、これに伴うに精神進化をもってしたのです。真理に対する憧憬は其の一つです。愛を感じ正義に味方することが、またその一つ・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・の首位と二位を占めていたから、この二人が坂田に負けると、名人位の鼎の軽重が問われる。それに東京棋師の面目も賭けられている、負けられぬ対局であったが、坂田にとっても十六年の沈黙の意味と「坂田将棋」の真価を世に問う、いわば坂田の生涯を賭けた一生・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・という言葉がアラビヤ最初の言葉として発せられた時、たまたま沙漠に風が吹いてその青年の口に砂がはいったからだと、私は解釈している、更に私をして敷衍せしむれば、私は進化論を信ずる者ではないが、「キャッキャッ」という音は実は人類の祖先だと信じられ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・その破れた箇所には、また巧妙な補片が当っていて、まったくそれは、創造説を信じる人にとっても進化論を信じる人にとっても、不可思議な、滑稽な耳たるを失わない。そしてその補片が、耳を引っ張られるときの緩めになるにちがいないのである。そんなわけで、・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・ではない人間は甘く猿から進化している。 オヤ! 戸をたたく者がある、この雨に。お露だ。可愛いお露だ。 そうだ。人間は甘く猿から進化している。 五月十二日 心細いことを書いている中にお露が来たので、昨夜は書き続きの本文に取りか・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・も一つはたとい多少の無理を含んでいても、進化してきた人間の理想として、男女の結合の精神的、霊的指標として打ち立て、築き守って、行くべきものであるということである。 生命の法則についての英知があって、かつ現代の新生活の現実と機微とを知って・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
出典:青空文庫