・・・をせずひっこんでおれといわれ、衣食の苦労もないところから、その内面の苦痛に沈酔した結果、ヨーロッパの真の美を、その伝統のない日本、風土からして異る日本に求めたとしてもそれは無理である、ヨーロッパ文学の真価も、実にきわめて少数のもののみが理解・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・違せり、一国一城を取るか遣るかと申す場合ならば、飽くまで伊達家に楯をつくがよろしからん、高が四畳半の炉にくべらるる木の切れならずや、それに大金を棄てんこと存じも寄らず、主君御自身にてせり合われ候わば、臣下として諫め止め申すべき儀なり、たとい・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・せり、一国一城を取るか遣るかと申す場合ならば、飽くまで伊達家に楯をつくがよろしかるべし、高が四畳半の炉にくべらるる木の切れならずや、それに大金を棄てんこと存じも寄らず、主君御自身にてせり合われ候わば、臣下として諫め止め申すべき儀なり、たとい・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・人間が猿から出来たと云うのは、あれは事実問題で、事実として証明しようと掛かっているのだから、ヒポテジスであって、かのようにではないが、進化の根本思想はやはりかのようにだ。生類は進化するかのようにしか考えられない。僕は人間の前途に光明を見て進・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 人は猿よりも進化している。 四本の箸は、すばしこくなっている男の手と、すばしこくなろうとしている娘の手とに使役せられているのに、今二本の箸はとうとう動かずにしまった。 永遠に渇している目は、依然として男の顔に注がれている。世に・・・ 森鴎外 「牛鍋」
・・・此の故官能表徴は表象能力として直接的であるそれだけ単純で、感覚的表徴能力のそれのようには独立的な全体を持たず、より複雑な進化能力を要求するわけには行かぬ。此の故清少納言の官能は新鮮なそれだけで何の暗示的な感覚的成長もしなかった。感覚的表徴は・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・個性が完成せらるる度の強ければ強いほどそれは特殊の色彩を強めるのであるけれども、同時にまた人性の進化に参与する所も深くなる。特殊の極限はやがて普通となるのである。 個性の完成、自己の実現はいたずらに我に執する所に行われるものではない。偉・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
・・・彼らの根本的な欠点を救うものは、ただ自己の深化のほかにあり得ない。それによって彼らはその「眼」を鋭くし、その経験の「質」を変化することができるだろう。そうして初めてほんとうに自然に面することもできるだろう。五 自然をただ醜悪・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
・・・を知り、多少内的生命を有する人にしてなお虚栄に沈湎して哀れむべき境地に身を置く人がある。虚栄は果てなき砂の文字である。「自己」を誤解されまじとするは恕す、「自己」を真価以上に広告し、すべての他人を凌駕し得たりと自負するに至ッては最も醜怪、最・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
・・・に過ぎない、野を行く牛の兄弟である。塵よりいでて塵に返る有限の人の身に光明に充つる霊を宿し、肉と霊との円満なる調和を見る時羽なき二足獣は、威厳ある「人」に進化する。肉は袋であり霊は珠玉である。袋が水に投げらるる時は珠もともに沈まねばならぬ。・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫