・・・ただ何とも言えない神気が、ただちに心に迫って来るのです。――ちょうど龍翔の看はあっても、人や剣が我々に見えないのと同じことですよ」 それから一月ばかりの後、そろそろ春風が動きだしたのを潮に、私は独り南方へ、旅をすることになりました。そこ・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・わたしはそう云う武器を見ながら、幾多の戦いを想像し、おのずから心悸の高まることがある、しかしまだ幸か不幸か、わたし自身その武器の一つを執りたいと思った記憶はない。 尊王 十七世紀の仏蘭西の話である。或日 Duc de B・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・これもまた信じている先生の言葉であったから、心機立ちどころに一転することが出来た。今日といえども想うて当時の事に到るごとに、心自ら寒からざるを得ない。 迷信譚はこれで止めて、処女作に移ろう。 この「鐘声夜半録」は明治二十七年あたかも・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・……御新規お一人様、なまで御酒……待った、待った。そ、そんなのじゃ決してない。第一、お客に、むらさきだの、鍋下だのと、符帳でものを食うような、そんなのも決して無い。 梅水は、以前築地一流の本懐石、江戸前の料理人が庖丁をさびさせない腕を研・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・それでね、ここのお寺でも、新規に、初路さんの、やっぱり記念碑を建てる事になったんです。」「ははあ、和尚さん、娑婆気だな、人寄せに、黒枠で……と身を投げた人だから、薄彩色水絵具の立看板。」「黙って。……いいえ、お上人よりか、檀家の有志・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・の四畳半一間あるきり、おまけに頭がつかえるほど天井が低く陰気臭かったが、廓の往き帰りで人通りも多く、それに角店で、店の段取から出入口の取り方など大変良かったので、値を聞くなり飛びついて手を打ったのだ。新規開店に先立ち、法善寺境内の正弁丹吾亭・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・いっさい新規蒔直しだ。……僕らの生活はこれからだよ!」 生活の革命だと信じて思い昂っている耕吉には、細君の愚痴話には、心から同情することができなかったのだ。 惣治は時々別荘へでも来る気で、子供好きなところから種々な土産物など提げ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・目は英知に輝き、心気は澄んでくる。いろいろな欲望や、悩みや、争いはありながらも、それに即して、直ちに静かさがあるのである。これを「至徳の風静かに衆禍の波転ず」と親鸞はいった。「生死即涅槃」といって、これが大涅槃である。涅槃に達しても、男子は・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 新規の測量で、新しく敷地にかゝったものは喜んだ。地主も、自作農も、――土地を持っている人間は、悲喜交々だった。そいつを、高見の見物をしていられるのは、何にも持たない小作人だ。「今度もみんごと、家にゃ、四ツところかゝっとる。」と、親・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・そんなものは仕方がありませんから捨てておしまいなすって、サアーツ新規に召し上れな。」という。主人は一向言葉に乗らず、「アア、どうも詰まらないことをしたな。どうだろう、もう継げないだろうか。」となお未練を云うている。「そんなに・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
出典:青空文庫