・・・その部屋のカミンに燃えている火も、火かげの映った桃花心木の椅子も、カミンの上のプラトオン全集も確かに見たことのあるような気がした。この気もちはまた彼と話しているうちにだんだん強まって来るばかりだった。僕はいつかこう云う光景は五六年前の夢の中・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・ 本間さんはこの話をした時に、「真偽の判断は聞く人の自由です」と云った。本間さんさえ主張しないものを、僕は勿論主張する必要がない。まして読者はただ、古い新聞の記事を読むように、漫然と行を追って、読み下してさえくれれば、よいのである。・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・が、上人も始めは多少、この男の真偽を疑いかけていたのであろう。「当来の波羅葦僧にかけても、誓い申すべきや。」と云ったら、相手が「誓い申すとの事故、それより上人も打ちとけて、種々問答せられたげじゃ。」と書いてあるが、その問答を見ると、最初の部・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・ 真偽のほどは知らないが、おなじ城下を東へ寄った隣国へ越る山の尾根の談義所村というのに、富樫があとを追って、つくり山伏の一行に杯を勧めた時、武蔵坊が鳴るは滝の水、日は照れども絶えずと、謡ったと伝うる(鳴小さな滝の名所があるのに対して、こ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 父は児の手の化ものを見ると青くなって震えた。小遣銭をなまで持たせないその児の、盗心を疑って、怒ったよりは恐れたのである。 真偽を道具屋にたしかめるために、祖母がついて、大橋を渡る半ばで、母のおくつきのある山の峰を、孫のために拝んだ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ そういう人達にとっては、人間に対する、真の慈愛ということも、信義ということも欠けているのだ。 しかし、若し、その人達が、人間についてほんとうに考えるなら、そして、人間を愛する心があるなら、現在、みんなが、人間に対して抱いているよう・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・ 武田さんが死んでしまった今日、もうその真偽をただすすべもないが、しかし、武田さんともあろう人が本当にあった話をそのまま淡い味の私小説にする筈がないと思った。「私」が出て来るけれど、作者自身の体験談ではあるまい。「雪の話」以後の武田さん・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・そして誠忠奉公の公卿たちは鎌倉で審議するという名目の下に東海道の途次で殺されてしまった。かくて政権は確実に北条氏の掌中に帰し、天下一人のこれに抗議する者なく、四民もまたこれにならされて疑う者なき有様であった。後世の史家頼山陽のごときは、「北・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 平生私を愛してくれた人々、私に親しくしてくれた人々は、斯くあるべしと聞いた時に如何に其真偽を疑い惑ったであろう、そして其真実なるを確め得た時に、如何に情けなく、浅猿しく、悲しく、恥しくも感じたであろう、就中て私の老いたる母は、如何に絶・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・貴作ニツキ、御自身、再検ネガイマス。真偽看破ノ良策ハ、一作、失エシモノノ深サヲ計レ。「二人殺シタ親モアル。」トカ。 知ルヤ、君、断食ノ苦シキトキニハ、カノ偽善者ノ如ク悲シキ面容ヲスナ。コレ、神ノ子ノ言。超人説ケル小心、恐々ノ人ノ子、笑イ・・・ 太宰治 「創生記」
出典:青空文庫