・・・ だが、ヒステリイにしても、いやに真剣な所があったっけ。事によると、写真に惚れたと云うのは作り話で、ほんとうは誰か我々の連中に片恋をした事があるのかも知れない。(二人の乗っていた電車は、この時、薄暮・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・それも粟野さんの言葉よりは遥かに真剣に言ったつもりだった。「月給は御承知の通り六十円ですが、原稿料は一枚九十銭なんです。仮に一月に五十枚書いても、僅かに五九四十五円ですね。そこへ小雑誌の原稿料は六十銭を上下しているんですから……」 ・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・俺たちのように良心をもって真剣に働く人間がこんな大きな損失を忍ばねばならぬというのは世にも悲惨なことだ。しかし俺たちは自分の愛護する芸術のために最後まで戦わねばならない。俺たちの主張を成就するためには手段を選んではいられなくなったんだ。俺た・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・誰でもその真剣な努力に対しての功績を疑う人はなかろう。しかしながら以前と違って、労働階級が純粋に自分自身の力をもって動こうとしだしてきた現在および将来において、思いやりだけの生活態度で、労働者の運動に参加しようとすることが、はたして労働階級・・・ 有島武郎 「片信」
・・・「それでも、君、戦争でやった真剣勝負を思うたら、世の中でやっとることが不真面目で、まどろこしうて、下らん様に見えて、われながら働く気にもなれん。きのうもゆう方、君が来て呉れるというハガキを見てから、それをほところに入れたまま、ぶらぶら営所の・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ならば、発明家の苦辛にも政治家の経営にもまた必ず若干の遊戯的分子を存するはずで、国事に奔走する憂国の志士の心事も――無論少数の除外はあるが――後世の伝記家が痛烈なる文字を陳ねて形容する如き朝から晩まで真剣勝負のマジメなものではないであろう。・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・『其面影』や『平凡』は苦辛したといっても二葉亭としては米銭の方便であって真剣でなかった。褒められても貶されても余り深く関心しなかったろうし、自ら任ずるほどの作とも思っていなかった。 正直にいったら『浮雲』も『其面影』も『平凡』も皆未完成・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・子供は、いつも真剣であるのだから、子供の期待にそむかぬようにするのが、実に母たるものゝつとめであります。そうしたところに、子供の素直な発達が遂げられるのであります。 お母さんのいない家庭は、光りの射さない家庭のようにさびしいものです。た・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・しかも、いまの少年達にとっては、これを空想として考えることができない程、現実の問題として、真剣に迫りつゝあることです。 帝国主義の副産物として、戦争を避け得られないことは、説明すべく、あまりにはっきりとした事実であります。そして、いま、・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・俺はちょいとこう、目の縁を赤くして端唄でも転がすようなのが好きだ」「おや、御馳走様! どこかのお惚気なんだね」「そうおい、逸らかしちゃいけねえ。俺は真剣事でお光さんに言ってるんだぜ」「私に言ってるのならお生憎様。そりゃお酒を飲ん・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫