・・・ 自然主義運動に対立して平行線的に進行をつゞけた写生派、余裕派、低徊派等の諸文学については、森鴎外が、軍医総監であったことゝ、後に芥川龍之介が「将軍」を書いている以外、軍事的なものは見あたらない。たゞ、それらの文学と深い関係のある、或る・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・これが、自然主義作家でも田山花袋とは異なるところで、より多く、新興ブルジョアジーのイデオロギーを反映していたあとが見られる。そして、独歩自身は多く窮迫の生活をしたにかゝわらず、階級的には支配階級の立場に立っていた。その階級的制約が、水兵たち・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・とも一つの重要な関係点でありますれば、馬琴の描きました小説中の風俗習慣や儀式作法と、当時の実際の風俗習慣や儀式作法との関係も、また重要の一カ条でございますし、馬琴の小説中にあらわれて居りまする宗教上の信仰や俗間の普通思想と、当時の実際の士民・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・から、鹿は春日の第一殿鹿島の神の神幸の時乗り玉いし「鹿」から、烏は熊野に八咫烏の縁で、猿は日吉山王の月行事の社猿田彦大神の「猿」の縁であるが如しと前人も説いているが、稲荷に狐は何の縁もない。ただ稲荷は保食神の腹中に稲生りしよりの「いなり」で・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・私に取ってはそれが神の力でも信仰の力でもなくして、実に自分の知識の力である。もしみずから僣して聡明ということを許されるなら、聡明なからである。仮に現在普通の道徳を私が何らかの点で踏み破るとする。私にはその後のことが気づかわれてならない。それ・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・さすがにその秘密の仕事部屋には訪れて来るひとも無いので、私の仕事もたいてい予定どおりに進行する。しかし、午後の三時頃になると、疲れても来るし、ひとが恋しくもなるし、遊びたくなって、頃合いのところで仕事を切り上げ、家へ帰る。帰る途中で、おでん・・・ 太宰治 「朝」
・・・として、ひそかに信仰しつづけるのではないでしょうか。昨年、彼が借衣までして恋人に逢いに行ったという、そのときの彼の自嘲の川柳を二つ三つ左記して、この恐るべきお洒落童子の、ほんのあらましの短い紹介文を結ぶことに致しましょう。落人の借衣すずしく・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・ かるわざの曲目は進行した。樽。メリヤス。むちの音。それから金襴。痩せた老馬。まのびた喝采。カアバイト。二十箇ほどのガス燈が小屋のあちこちにでたらめの間隔をおいて吊され、夜の昆虫どもがそれにひらひらからかっていた。テントの布地が足りなか・・・ 太宰治 「逆行」
・・・たとか、それから、ここのご主人がいまのこの家をおつくりになる前に奥さまと駒込のアパートにちょっとの間住んでいらして、その折、笹島先生は独身で同じアパートに住んでいたので、それで、ほんのわずかの間ながら親交があって、ご主人がこちらへお移りにな・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・国際文化振興会なぞをたよらずに異国へわれらの芸術をわれらの手で知らせてやろう。資金として馬場が二百円、私が百円、そのうえほかの仲間たちから二百円ほど出させる予定である。仲間、――馬場が彼の親類筋にあたる佐竹六郎という東京美術学校の生徒をまず・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
出典:青空文庫