・・・それが近年に至って文学上の趣味を楽むようになってから、智識的な事には少しあきが来て、感情に走った結果、宗教上の信仰という事に味いが出て来て、耶蘇教でも仏教でも信仰のある所には愉快な感じが起るようになった。しかしそれは文学上の美感が単に感情の・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・なお床下通り二十九番地ポ氏は、昨夜深更より今朝にかけて、ツェ氏並びにはりがねせい、ねずみとり氏の激しき争論、時に格闘の声を聞きたりと。以上を総合するに、本事件には、はりがねせい、ねずみとり氏、最も深き関係を有するがごとし。本社はさらに深く事・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・億百万のばけものどもは、通り過ぎ通りかかり、行きあい行き過ぎ、発生し消滅し、聨合し融合し、再現し進行し、それはそれは、実にどうも見事なもんです。ネネムもいまさらながら、つくづくと感服いたしました。 その時向うから、トッテントッテントッテ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・我々の列車が、モスクワを出て三日目だのに既に十八時間遅れながら、社会主義連邦中枢よりのニュースを、シベリアのところどころに撒布しつつ進行しているわけである。 この『コンムーナ』は二十七日の分である。深い興味で隅から隅まで読んだ。丁度今こ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ きょう読みかえしてみると、日本の戦争進行の程度につれて、わたしの文章はふくみ声になって来ている。云いたいこと、表現すべき言葉がぼかされたり、暗示にとどまったり、省略されたりしている。「鈍・根・録」の冒頭の文章では警察と留置されてい・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・旧いブルジョア文学にはあき足らず、しかし、無産派文学には共感のもてない小市民的要素のきつい若い作家たちが、新感覚派や新興文学派のグループにかたまった。 文学におけるリアリズムの歴史としてみれば、この時代から、日本のブルジョア・リアリズム・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第三巻)」
・・・彼が死ぬことになるか、自分がどうかなるか、どちらでもよい。信仰を持ち、人生のおろそかでないことを知ってやる丈やって見ようと云う心持がはっきり来たのだ。 此は、一方から云えば恐ろしいことだ。二人の終りを、此世の終りを見ると同じ厳粛さで見よ・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・外務省の国際文化振興会にしても、日本の自然の美しさを高価なグラビア版にうつしたり、雛祭りの飾りを紹介したりして、日本の文化的優越を示そうとした。 日本精神という四字が過去十数年間、その独断と軍国主義的な狂言で、日本の精神の自然にのびてゆ・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・マーク・トゥウエンの諷刺は、その基調に何と云っても辛酸をなめつくした後に、新興のアメリカ社会で世俗の生活で安定をかち得たその作者らしい妥協、気やすめがある。ゴーゴリの作品にはそれがない。悲哀の底が抜けている。作者としてのゴーゴリは、わが心の・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
先だっての新聞は元新興キネマの女優であった志賀暁子が嬰児遺棄致死の事件で、公判に附せられ、検事は実刑二年を求刑した記事で賑わいました。出廷する暁子として、写真も大きく載せられ、裁判所は此一人の女優の生涯に起った悲しい出来事・・・ 宮本百合子 「「女の一生」と志賀暁子の場合」
出典:青空文庫