・・・ 二人の間の話題は、しばらく西太后で持ち切っていたが、やがてそれが一転して日清戦争当時の追憶になると、木村少佐は何を思ったか急に立ち上って、室の隅に置いてあった神州日報の綴じこみを、こっちのテエブルへ持って来た。そうして、その中の一枚を・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ 母上が亡くなった時、お前たちは丁度信州の山の上にいた。若しお前たちの母上の臨終にあわせなかったら一生恨みに思うだろうとさえ書いてよこしてくれたお前たちの叔父上に強いて頼んで、お前たちを山から帰らせなかった私をお前たちが残酷だと思う時が・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・猟夫といっても、南部の猪や、信州の熊に対するような、本職の、またぎ、おやじの雄ではない。のらくらものの隙稼ぎに鑑札だけは受けているのが、いよいよ獲ものに困ずると、極めて内証に、森の白鷺を盗み撃する。人目を憚るのだから、忍びに忍んで潜入するの・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ここで暖かに心が解けると、……分かった、饂飩で虐待した理由というのが――紹介状をつけた画伯は、近頃でこそ一家をなしたが、若くて放浪した時代に信州路を経歴って、その旅館には五月あまりも閉じ籠もった。滞る旅籠代の催促もせず、帰途には草鞋銭まで心・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
場所。 信州松本、村越の家人物。 村越欣弥 滝の白糸 撫子 高原七左衛門 おその、おりく撫子。円髷、前垂がけ、床の間の花籠に、黄の小菊と白菊の大・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・ さては随筆に飛騨、信州などの山近な片田舎に、宿を借る旅人が、病もなく一晩の内に息の根が止る事がしばしば有る、それは方言飛縁魔と称え、蝙蝠に似た嘴の尖った異形なものが、長襦袢を着て扱帯を纏い、旅人の目には妖艶な女と見えて、寝ているものの・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
火遁巻 千曲川に河童が棲んでいた昔の話である。 この河童の尻が、数え年二百歳か三百歳という未だうら若い青さに痩せていた頃、嘘八百と出鱈目仙人で狐狸かためた新手村では、信州にかくれもなき怪しげな年中行事が行われ、毎年大晦日の夜・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・だとか「神州不滅」だとか「勝ち抜くための貯金」だとか、相変らずのビラが貼ってあった。私は何となく選挙の終った日、落選者の選挙演説会の立看板が未だに取り除かれずに立っている、あの皮肉な光景を想いだした。 標語の好きな政府は、二三日すると「・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・やんごとなき仏にならせわがために死にしこころのそのままにして これは自分の妻をあることで、苦しめ抜いたある真宗信徒の歌である。 夫婦愛というものは少しの蹉跌があったからといって滅びるようなものではつまらない。初めは恋愛か・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・平林たい子、金子洋文にも、それ/″\信州、秋田の農民を描いて、は握のたしかさを示したものがある。死んだ山本勝治には、階級闘争の中に生長した青年らしい新しさが幾分か作品の中に生かされようとしていた。 しかし、これらの作家によって、現在まで・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
出典:青空文庫