・・・当時の成上りの田舎侍どもが郷里の糟糠の妻を忘れた新らしい婢妾は権妻と称されて紳士の一資格となり、権妻を度々取換えれば取換えるほど人に羨まれもしたし自らも誇りとした。 こういう道義的アナーキズム時代における人の品行は時代の背景を斟酌して考・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ところが社員は恐る恐る刺を通じて早速部屋に通され、粛々如として恭やしく控えてると、やがてチョコチョコと現われたは少くも口髯ぐらい生やしてる相当年配の紳士と思いの外なる極めて無邪気な紅顔の美少年で、「私が森です」と挨拶された時は読売記者は呆気・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・日常家庭生活においても二葉亭の家庭は実の親子夫婦の水不入で、シカモ皆好人物揃いであったから面倒臭いイザコザが起るはずはなかったが、二葉亭を中心としての一家の小競合いは絶間がなくてバンコと苦情を聴かされた。二葉亭の言分を聞けば一々モットモで、・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・もっと美しく、もっときれいに、もっと珍しいものばかりで飾られているばかりでなく、三人の娘らのほかに、見慣れない年若い紳士が四、五人もいました。それらの男は、楽器を鳴らしたり、歌をうたったりしました。娘らは、いずれも美しく着飾って、これまでに・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ 親子の関係、夫妻の関係、友人の関係、また男女恋愛の関係、及び正義に対して抱く感情、美に対して抱く感激というようなものは何人にも経験のあることであって従って作中の人物に対して同感しまた其れに対して、好悪をも感ずるのであります。 芸術・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・ こうした涙ぐましい、謙譲にして真摯の芸術こそ、今日のような虚偽と冷酷と圧迫と犠牲とを何とも思っていない時代によって、まさしく正しい人々の胸に革新の火を燃やさずには措かないのである。トルストイの芸術がやはりそれだと思うのであります。・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・孤行高しとすることこそ、芸術家の面目でなければならぬ、衆俗に妥協し、資本力の前に膝を屈した徒の如きは、表面いかに、真摯を装うことありとも、冷徹たる批評眼の前に、真相を曝らし、虚飾を剥がれずには置かれぬだろう。 一時の世評によって、其等の・・・ 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・ 五 お光の俥は霊岸島からさらに中洲へ廻って、中洲は例のお仙親子の住居を訪れるので、一昨日媼さんがお光を訪ねた時の話では、明日の夕方か、明後日の午後にと言ったその午後がもう四時すぎ、昨日もいたずらに待惚け食うし、今日・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 側へ寄って見ると、そこには小屋掛もしなければ、日除もしてないで、唯野天の平地に親子らしいお爺さんと男の子が立っていて、それが大勢の見物に取り巻かれているのです。 私は前に大人が大勢立っているので、よく見えません。そこで、乳母の背中・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・けれど、私はただわけもなしに子供の泣き声に惹きつけられるというこの詞から、坂田の運命の痛ましさが聴えて来るようにふと思うのである。親子五人食うや呑まずの苦しい暮しが続いた恵まれぬ将棋指しとしての荒い修業時代、暮しの苦しさにたまりかねた細君が・・・ 織田作之助 「勝負師」
出典:青空文庫