・・・またそれとともに、職能というものは真摯にラディカルに従事して行けば、必ず人生哲学的な根本問題に接触してくるものである。医者は生と、精神の課題に、弁護士は倫理と社会制度の問題に、軍人は民族と国際協同の問題に接触せずにはおられない。その最も適切・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・しかし君臣となり、親子、夫婦、朋友、師弟、兄弟となった縁のかりそめならぬことを思い、対人関係に深く心を繋いで生きるならば、事あるごとに身に沁みることが多く考え深くさせられる。対人関係について淡白枯淡、あっさりとして拘泥せぬ態度をとるというこ・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・弟は疲れて、防寒靴を雪に喰い取られないばかりに足を引きずっていた。親子は次第におくれた。「パパ、おなかがすいた。……パン。」「どうして、こんな小さいのを雪の中へつれて来るんだ。」あとから追いこして行く者がたずねた。「誰あれも面倒・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ ラクダの外套を引っかけて、ひとかどの紳士らしくなった清三に連れられて両人が東京駅に着いたのは二月の末のある晩だった。御殿場あたりから降り出した雪は一層ひどくなっていた。清三は駅前で自動車を雇った。為吉とおしかは、生れて初めての自動車に・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ お浪は今明らかに源三の本心を読んで取ったので、これほどに思っている自分親子をも胸の奥の奥では袖にしている源三のその心強さが怨めしくもあり、また自分が源三に隔てがましく思われているのが悲しくもありするところから、悲痛の色を眉目の間に浮め・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・で、紳士たる以上はせめてムダ金の拾万両も棄てて、小町の真筆のあなめあなめの歌、孔子様の讃が金で書いてある顔回の瓢、耶蘇の血が染みている十字架の切れ端などというものを買込んで、どんなものだいと反身になるのもマンザラ悪くはあるまいかも知らぬ。・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 私たち親子はその晩久しぶりで――一年振りかも知れません――そろって銭湯に出かけて行きました。「お母さんの背中を流してあげるわ。」この娘がいつになくそんなことをいゝます。私は今までの苦労を忘れて、そんな言葉にうれしくなりました。 と・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・むるのてあいは二言目には女で食うといえど女で食うは禽語楼のいわゆる実母散と清婦湯他は一度女に食われて後のことなり俊雄は冬吉の家へ転げ込み白昼そこに大手を振ってひりりとする朝湯に起きるからすぐの味を占め紳士と言わるる父の名もあるべき者が三筋に・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ 私たち親子のものは、遠からず今の住居を見捨てようとしている時であった。こんなにみんな大きくなって、めいめい一部屋ずつを要求するほど一人前に近い心持ちを抱くようになってみると、何かにつけて今の住居は狭苦しかった。私は二階の二部屋を次郎と・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・虚偽を去り矯飾を忘れて、痛切に自家の現状を見よ、見て而してこれを真摯に告白せよ。この以上適当な題言は今の世にないのでないか。この意味で今は懺悔の時代である。あるいは人間は永久にわたって懺悔の時代以上に超越するを得ないものかも知れぬ。 以・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
出典:青空文庫