・・・けだし寺院のかたわらに遊戯する小童輩は、自然に仏法に慣れてその臭気を帯ぶるとの義ならん。すなわち仏の気風に制しらるるものなり。仏の風にあたれば仏に化し、儒の風にあたれば儒に化す。周囲の空気に感じて一般の公議輿論に化せらるるの勢は、これを留め・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
脚本作者ピエエル・オオビュルナンの給仕クレマンが、主人の書斎の戸を大切そうに開いた。ちょうど堂守が寺院の扉を開くような工合である。そして郵便物を載せた銀盤を卓の一番端の処へ、注意してそっと置いた。この銀盤は偶然だが、実際あ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ サンピエール寺院に行き、ベルトンを誘惑しようとする場面は、もう少しどうにか美化しても効果が薄くなりはしなかったろうと思う。 掻口説く声が、もっと蠱惑的に暖く抑揚に富み――着物を脱いでからの形は、あれほかの思案のつかないものだろうか・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・ 現実のその苦しさから、意識を飛躍させようとして、たとえばある作家の作品に描かれているように、バリ島で行われている原始的な性の祭典の思い出や南方の夜のなかに浮きあがっている性器崇拝の彫刻におおわれた寺院の建物の追想にのがれても、結局、そこ・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ モスクワはモスクワとして、歴史的な美しい寺院のいろいろな円屋根を真白い厳寒の中にきらめかせればよい。そして、ストラスナーヤ僧院の城砦風な正面外壁へ、シルク・ハットをかぶった怪物的キャピタリストに五色の手綱で操縦される法王と天使と僧侶との諷・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ずっと飛び離れて、神学科の寺院史や教義史がある。学期ごとにこんな風で、専門の学問に手を出した事のない子爵には、どんな物だか見当の附かぬ学科さえあるが、とにかく随分雑駁な学問のしようをしているらしいと云う事だけは判断が出来た。しかし子爵はそれ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ 神田橋外元護寺院二番原に来た時は丁度子の刻頃であった。往来はもう全く絶えている。九郎右衛門が文吉に目ぐわせをした。二つの体を一つの意志で働かすように二人は背後から目ざす男に飛び着いて、黙って両腕をしっかり攫んだ。「何をしやあがる」・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・当山は勅願の寺院で、三門には勅額をかけ、七重の塔には宸翰金字の経文が蔵めてある。ここで狼藉を働かれると、国守は検校の責めを問われるのじゃ。また総本山東大寺に訴えたら、都からどのような御沙汰があろうも知れぬ。そこをよう思うてみて、早う引き取ら・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・ 当時の寺院は恐らくすべての点から見て文化の宝蔵であった。そこにはただ修道と鍛練との精進生活があったばかりではない。むしろあらゆる学問、美術、教養などがその主要な内容となっていた。あたかも大学と劇場と美術学校と美術館と音楽学校と音楽堂と・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・ドイツの砲兵が美しい寺院建築を平気で目標にする。彼らの眼にはこの種の芸術は貴族や金持ちの道楽品に過ぎぬので、それを破壊するのが何ゆえ大きい罪であるかという事はほとんど理解せられないのである。この種の民衆は、たとえばトルストイの芸術論を基礎と・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫