・・・一撃に敵を打ち倒すことには何の痛痒も感じない代りに、知らず識らず友人を傷つけることには児女に似た恐怖を感ずるものである。 弱者とは友人を恐れぬ代りに、敵を恐れるものである。この故に又至る処に架空の敵ばかり発見するものである。 ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ その時打向うた卓子の上へ、女の童は、密と件の将棋盤を据えて、そのまま、陽炎の縺るるよりも、身軽に前後して樹の蔭にかくれたが、枝折戸を開いた侍女は、二人とも立花の背後に、しとやかに手を膝に垂れて差控えた。 立花は言葉をかけようと思っ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・――お姫様の、めしものを持て――侍女がそう言うだよ。」「何じゃ、待女とは。」「やっぱり、はあ、真白な膚に薄紅のさした紅茸だあね。おなじものでも位が違うだ。人間に、神主様も飴屋もあると同一でな。……従七位様は何も知らっしゃらねえ。あは・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
時。 現代、初冬。場所。 府下郊外の原野。人物。 画工。侍女。 貴夫人。老紳士。少紳士。小児五人。 ――別に、三羽の烏。小児一 やあ、停車場の方の、・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・段々秋が深くなると、「これまでのは渡りものの、やす女だ、侍女も上等のになると、段々勿体をつけて奥の方へ引込むな。」従って森の奥になる。「今度見つけた巣は一番上等だ。鷺の中でも貴婦人となると、産は雪の中らしい。人目を忍ぶんだな。産屋も奥御殿と・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・海の魔宮の侍女であろう。その消えた後も、人の目の幻に、船の帆は少時その萌黄の油を塗った。……「畳で言いますと」――話し手の若い人は見まわしたが、作者の住居にはあいにく八畳以上の座敷がない。「そうですね、三十畳、いやもっと五十畳、あるいはそれ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 生活の革命……八人の児女を両肩に負うてる自分の生活の革命を考うる事となっては、胸中まず悲惨の気に閉塞されてしまう。 残余の財を取纏めて、一家の生命を筆硯に托そうかと考えて見た。汝は安心してその決行ができるかと問うて見る。自分の心は・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ある日のこと三人の侍女とともに、たくさんの金銀を船に積まれました。そして、赤い着物をきたお姫さまは、その船におすわりになりました。 青い海を、静かに、船は港から離れて、沖の方へとこぎ出たのです。空は澄んでいました。そして、遠く、かなたに・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・ お姫さまは、軽くうなずかれ、「わたしがよく、侍女に頼んでおきます。そして、そんなに長くはたたない。じきにもどってくるから、どうかわたしのいうことを聞いておくれ。ぜひお願いだから……。」といわれましたので、女の乞食は、ついにうなずい・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・総領の新太郎は道楽者で、長女のおとくは埼玉へ嫁いだから、両親は職人の善作というのを次女の千代の婿養子にして、暖簾を譲る肚を決め、祝言を済ませたところ、千代に男があったことを善作は知り、さまざま揉めた揚句、善作は相模屋を去ってしまった――。・・・ 織田作之助 「妖婦」
出典:青空文庫