・・・ 平胡坐でちょっと磁石さ見さしつけえ、此家の兄哥が、奴、汝漕げ、といわしったから、何の気もつかねえで、船で達者なのは、おらばかりだ、おっとまかせ。」と、奴は顱巻の輪を大きく腕いっぱいに占める真似して、「いきなり艫へ飛んで出ると、船が・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・渠はその壮時において加賀の銭屋内閣が海軍の雄将として、北海の全権を掌握したりし磁石の又五郎なりけり。 泉鏡花 「取舵」
・・・(八兵衛の事蹟については某の著わした『天下之伊藤八兵衛』という単行の伝記がある、また『太陽』の第一号に依田学海の「伊藤八兵衛伝」が載っておる。実業界に徳望高い某子爵は素七 小林城三 椿岳は晩年には世間離れした奇人で名を売った・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 鴎外が抽斎や蘭軒等の事跡を考証したのはこれらの古書校勘家と一縷の相通ずる共通の趣味があったからだろう。晩年一部の好書家が斎展覧会を催したらドウだろうと鴎外に提議したところが、鴎外は大賛成で、博物館の一部を貸してもイイという咄があった。・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・がタダ者ならず見えたので、イツモは十日も二十日も捨置くのを、何となく気に掛ってその晩、ドウセ物にはなるまいと内心馬鹿にしながらも二、三枚めくると、ノッケから読者を旋風に巻込むような奇想天来に有繋の翁も磁石に吸寄せられる鉄のように喰入って巻を・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・それは時間中に、砂場で採取してきた砂鉄を紙の上にのせて、磁石で紙の裏を摩擦しながら、砂をぴょんぴょんとおどらせていたのを、先生に見つかったからです。もし、このことを秀ちゃんが、お姉さんに話したら、お姉さんが、家じゅうの人に話して、たいへんだ・・・ 小川未明 「二少年の話」
・・・円タクの助手をやったと聞かされ、それが自分のせいのように自責を感じ、「みんな私が悪かったのや、私の軽はずみを嗤っとくれやす」 と、顔もよう見ないで言った。着物の端を引っぱり、ひっぱりして、うなだれているお君を見て、豹一は、「何も・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 思えば横光利一にとどまらず、日本の野心的な作家や新しい文学運動が、志賀直哉を代表とする美術工芸小説の前にひそかに畏敬を感じ、あるいはノスタルジアを抱き、あるいは堕落の自責を強いられたことによって、近代小説の実践に脆くも失敗して行ったの・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・寺田はその後姿を見送る元気もなく、自責の想いにしょげかえっていたが、しかしふとあの男のことを想うと、わずかに自尊心の満足はあった。 翌日、小倉競馬場の初日が開かれた。朝からスリ続けていた寺田は、スレばスルほど昂奮して行った。最後の古呼特・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ 例えば、ちょっと腕を伸ばせば、娘の体は磁石のように吸い寄せられて来るのだ。それを拒もうとする羞恥心よりも、何かにすがりつきたいという本能の方が強いというのが、女の本性であることを、小沢は知っていた。 好奇心は女の方が強いのだ。しか・・・ 織田作之助 「夜光虫」
出典:青空文庫