・・・しかも、それはほかの土地よりも高かったのだと言えば、余りに身びいきになりすぎるかも知れないが、すくなくとも私は大阪は香りの高い、じっくりと味うべき珈琲だった筈だと、信じている。 もっとも、珈琲といえば、今日の大阪の盛り場には、銀座と同じ・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・またそれを思い切って頼む段になると、吉田は今のこの自分の状態をどうしてわかりの悪い母親にわからしていいか、――それよりも自分がかろうじてそれを言うことができても、じっくりとした母親の平常の態度でそれを考えられたり、またその使いを頼まれた人間・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・それは現実があまり切迫して、早い速力で遷って行くから、一つの行動の必要が起ったとき、その意味や価値をじっくり自分になっとく出来るまで考えているゆとりがなくて、ともかく眼の前の必要を満たすように動かなければならないということではないだろうか。・・・ 宮本百合子 「あとがき(『幸福について』)」
・・・ ところで、作家の側では、ソヴェト同盟の社会的生活がじっくり腰を据えた建設時代に入るにつれ、プロレタリア芸術の発展のために必然な、種々な困難にぶつかりはじめた。 一九一七―二一年。 この四年間は、生れてそのときまでものなんぞ書い・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・近頃の同人雑誌の小説について語られていることなのであるが、それらの言葉をじっくりと胸にうけとって考え深めて行って見ると、日本の現代文学がもっている次の世代の精神の地味ということについて、何かこわいようなところがある。 何もこの人が書かな・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・清司や与作を含むA村の農民の生活にとって、こういうさまざまのいりくんだ関係はどんなに日常の制約となっているか、米作と炭やきと日雇稼ぎとはA村の全生活でどういう組合せになっているかというようなことが、じっくりと全篇の基調としてとりあげられたな・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
・・・そこを歩いている日本の若い女性たちは、目に入りきらないほどの色彩や、現実の自分の生活の内容には一つもじっくり入りこんでいない情景を、グラスのなかの金魚を外から眺めるように眺めて、時間のたつのも忘れ、わずか一杯のあったかいもので楽しもうとする・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・ 文学について、じっくりと生活に根ざし、痙攣的でない感覚と通念とがどんなに必要となっているかは、私たち皆の胆に銘じて来ていることだし、今日文学を読む千万人が感じている国民的真実の一つであると思う。〔一九四一年六月〕・・・ 宮本百合子 「実感への求め」
・・・職場のひとらしい独特の味もあるのだから、いそがず又次々に実際生活での経験をじっくり作品にして行ったらいいと思う。「開墾仲間寅公」 猪狩満直 私は北海道へ行ったことがあるので、作者が荒々しい開墾地をかこむ自然の雄大さなどを描こうとし・・・ 宮本百合子 「小説の選を終えて」
・・・これでは観念的である、共産主義という言葉を一つもしらないでもよりよく生きたいと願っているのはすべての人の心であること、主人公のその本心にじっくり心をおいて生活のなかでめぐりあってゆく経験として教員養成所のことも描くべきであった。「北方の・・・ 宮本百合子 「選評」
出典:青空文庫