・・・いや、実を云うと、自分の問題でもこっちの身になって考えないと云う事を、内々自慢にしているような時さえある。現に今日まで度々自分は自分よりも自分の身になって、菊池に自分の問題を考えて貰った。それ程自分に兄貴らしい心もちを起させる人間は、今の所・・・ 芥川竜之介 「兄貴のような心持」
・・・実は、煙管の形をしている、百万石が自慢なのである。だから、彼のこの虚栄心は、金無垢の煙管を愛用する事によって、満足させられると同じように、その煙管を惜しげもなく、他人にくれてやる事によって、更によく満足させられる訳ではあるまいか。たまたまそ・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・フレンチが一昨日も昨日も感じていて、友達にも話し、妻にも話した、死刑の立会をするという、自慢の得意の情がまた萌す。なんだかこう、神聖なる刑罰其物のような、ある特殊の物、強大なる物、儼乎として動かざる物が、実際に我身の内に宿ってでもいるような・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・――思わず、きゅうと息を引き、馬蛤の穴を刎飛んで、田打蟹が、ぼろぼろ打つでしゅ、泡ほどの砂の沫を被って転がって遁げる時、口惜しさに、奴の穿いた、奢った長靴、丹精に磨いた自慢の向脛へ、この唾をかッと吐掛けたれば、この一呪詛によって、あの、ご秘・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・三鷹村深大寺、桜井、駒返し、結構お茶うけはこれに限る、と東京のお客様にも自慢をするようになりましたでしょう。 三年と五年の中にはめきめきと身上を仕出しまして、家は建て増します、座敷は拵えます、通庭の両方には入込でお客が一杯という勢、とう・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 僕の母なども先祖の言い伝えだからといって、この戦国時代の遺物的古家を、大へんに自慢されていた。その頃母は血の道で久しく煩って居られ、黒塗的な奥の一間がいつも母の病褥となって居た。その次の十畳の間の南隅に、二畳の小座敷がある。僕が居ない・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・おとよの父は若い時から一酷もので、自分が言いだしたらあとへは引かぬということを自慢にしてきた人だ。年をとってもなかなかその性はやまない。おれは言いだしたら引くのはいやだから、なるべく人の事に口出しせまいと思ってると言いつつ、あまり世間へ顔出・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・自分の姿を自慢して男えらみ許りしてとうとう夫もきめないで身をぞんざいにしていろいろの浮名をたてられる。親達は心配していろいろの意見するけれ共一度でも親の云う通りにはならないで「一体何と思って居らっしゃるんだか。此んなに家の富栄えるのも元はと・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・お貞が二人の子供を実子のように可愛がり、また自慢するのが近処の人々から嫌われる一原因だと聴いていたから、僕はそのつもりであしらっていた。「どうも馬鹿な子供で困ります」と言うのを、「なアに、ふたりとも利口なたちだから、おぼえがよくッて・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・尤もニスを塗った処が椿岳の自慢で、当時はやはり新らしかったのである。椿岳の画料 椿岳は画を売って糊口したのではなかった。貧乏しても画を売るを屑しとしなかった。浅草絵は浅草紙に泥絵具で描いたものにしろ、十二枚一と袋一朱ではナンボその頃・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫