・・・左り側に彼が曾て雑誌の訪問記者として二三度お邪魔したことのある、実業家で、金持で、代議士の邸宅があった。「やはり先生避暑にでも行ってるのだろうが、何と云っても彼奴等はいゝ生活をしているな」彼は羨ましいような、また憎くもあるような、結局芸術と・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・しかし現場へ行って見ても小さなランチは波に揉まれるばかりで結局かえって邪魔をしに行ったようなことになってしまった。働いたのは島の海女で、激浪のなかを潜っては屍体を引き揚げ、大きな焚火を焚いてそばで冷え凍えた水兵の身体を自分らの肌で温めたのだ・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・先夜も次の間にて貞夫を相手に何かわからぬことを申しおり候間小生、さような事を言うとも小供にはわからぬ少し黙っていておくれと申し候ところ『ソラごらん、坊やがやかましいことをお言いだから父様のご用のお邪魔になるとサ』『坊やがやかましいの・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・雪に落ちこむ大きな防寒靴が、如何にも重く、邪魔物のように感じられた。 雪は、時々、彼等の脛にまで達した。すべての者が憂欝と不安に襲われていた。中隊長の顔には、焦慮の色が表われている。 草原も、道も、河も悉く雪に蔽われていた。 枝・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・不老若返り薬などを年寄に用いてもらって、若い者の邪魔をさせるなどは悪い洒落だ。老人には老人相応のオモチャを当がって、落ついて隅の方で高慢の顔をさせて置く方が、天下泰平の御祈祷になる。小供はセルロイドの玩器を持つ、年寄は楽焼の玩器を持つ、と小・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・「息子が正しい理窟から死んでも自分の仕事をやめないと分ったら、親がその仕事の邪魔をするのが間違で――どうしてもやらせたくなかったら、殺せばいゝんでね。」そんな風に何時でも云っていた。それに生来のガラ/\が手伝っていたわけである。山崎のお母さ・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・兄さまと呼ぶ妹の声までがあなたやとすこし甘たれたる小春の声と疑われ今は同伴の男をこちらからおいでおいでと新田足利勧請文を向けるほどに二ツ切りの紙三つに折ることもよく合点しやがて本文通りなまじ同伴あるを邪魔と思うころは紛れもない下心、いらざる・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・「まあ、最初の一年ぐらいは、僕から言えばかえって邪魔になるくらいなものだろうけれど――そのうちには次郎ちゃんも慣れるだろう。なかなか百姓もむずかしいからね。」 そういう太郎の手は、指の骨のふしぶしが強くあらわれていて、どんな荒仕事に・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・「だって姉さんが邪魔をしてるんだもの」と風呂敷の中へ頭を入れる。「姉さんぐずぐずしてると背中が写ってしまいますよ」「はいはい」と、藤さんは笑いながら自分の隣へ移る。「兄さん、もっと真っ直ぐ」「私の顔が見えるの?」「見・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・こう思うのは最初にお前さんの邪魔をわたしがしたからかも知れないわ。それともどういうわけか知ら。わたしもよく分からないわ。一体わたしとお前さんと知合いになった初めのことを思って見ると変だわ。なんだかお前さんが気になってね。ちっ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
出典:青空文庫