・・・ 私は大学へはいってからは、戸塚の、兄の家のすぐ近くの下宿屋に住み、それでも、お互い勉強の邪魔をせぬよう、三日にいちどか、一週間にいちど顔を合せて、そのときには必ず一緒にまちへ出て、落語を聞いたり、喫茶店をまわって歩いたりして、そのうち・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・卒業後彼をどこかの大学の助手にでも世話しようとする者もあったが、国籍や人種の問題が邪魔になって思わしい口が得られなかった。しかし家庭の経済は楽でなかったから、ともかくも自分で働いて食わなければならないので、シャフハウゼンやベルンで私教師を勤・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 道太は掃除の邪魔をしないように、やがて裏梯子をおりて、また茶の室の方へ出てきた。ちょうどおひろが高脚のお膳を出して、一人で御飯を食べているところで、これでよく生命が続くと思うほど、一と嘗めほどのお菜に茄子の漬物などで、しょんぼり食べて・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・仕事をするには邪魔も払いたくなるはず。統一統一と目ざす鼻先に、謀叛の禁物は知れたことである。老人の※には、花火線香も爆烈弾の響がするかも知れぬ。天下泰平は無論結構である。共同一致は美徳である。斉一統一は美観である。小学校の運動会に小さな手足・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・道具の汚いのと、役者の絶句と、演芸中に舞台裏で大道具の釘を打つ音が台辞を邪魔することなぞは、他では余り見受けない景物である。寒い芝居小屋だ。それに土間で小児の泣く声と、立ち歩くのを叱る出方の尖り声とが耳障りになる。中幕の河庄では、芝三松の小・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・これを俗に邪魔が這入るとも、油を売るとも、散漫になるとも云います。人によると、生涯に一度も無我の境界に点頭し、恍惚の域に逍遥する事のないものがあります。俗にこれを物に役せられる男と云います。かような男が、何かの因縁で、急にこの還元的一致を得・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・其処を退いたら可いだろう。邪魔だよ、何時までも一人で、其処を占領しているのは。御覧、皆さんが彼様に立って居らッしゃるじゃないか。』 其女の方の後には、幾個かの人の垣を為た様に取巻いて、何人も呆れてお居での様でした。『彼の女は僕の云う・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・あの時がわたくしにとっては、どんなに幸福な時でございましたでしょう。本当にお互に物馴れない、窮屈らしい御交際をいたしました事ね。あの時邪魔の無い所で、久しく御一しょにいますうちに、あなたの人にすぐれていらっしゃること、珍らしい才子でいらっし・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・其処らの叢にも路にもいくつともなく牛が群れて居るので余は少し当惑したが、幸に牛の方で逃げてくれるので通行には邪魔にならなかった。それからまた同じような山路を二、三町も行た頃であったと思う、突然左り側の崖の上に木いちごの林を見つけ出したのであ・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・あの途中のさびしかったことね、僕はたった一人になっていたもんだから、雲は大へんきれいだったし邪魔もあんまりなかったけれどもほんとうにさびしかったねえ、朝鮮から僕は又東の方へ西風に送られて行ったんだ。海の中ばかりあるいたよ。商船の甲板でシガア・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
出典:青空文庫