・・・その草もない薄闇の路に、銃身を並べた一隊の兵が、白襷ばかり仄かせながら、静かに靴を鳴らして行くのは、悲壮な光景に違いなかった。現に指揮官のM大尉なぞは、この隊の先頭に立った時から、別人のように口数の少い、沈んだ顔色をしているのだった。が、兵・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・第四階級をいうならば、ブルジョアジーとの私生児でない第四階級に重心をおいて考えなければ間違うと僕は考えるものだ。そして在来の社会主義的思想は、私生児的第四階級とおもに交渉を持つもので、純粋の第四階級にとっては、あるいは邪魔になる者ではないか・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ 何しろ当夜の賓客は日本の運命を双肩に荷う国家の重臣や朝廷の貴紳ばかりであった。主人側の伊井公侯が先ず俊輔聞多の昔しに若返って異様の扮装に賓客をドッと笑わした。謹厳方直容易に笑顔を見せた事がないという含雪将軍が緋縅の鎧に大身の槍を横たえ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・しかし、国民に懺悔を強いる前に、まず軍部、重臣、官僚、財閥、教育者が懺悔すべきであろうと思った。「一億総懺悔」という言葉は、何か国民を強制する言葉のように聞こえた。 私は終戦後、新聞の論調の変化を、まるでレヴューを見る如く、面白いと思っ・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・身体の重心さえ失わなかったら滑り切れるだろうと思った。鋲の打ってない靴の底はずるずる赤土の上を滑りはじめた。二間余りの間である。しかしその二間余りが尽きてしまった所は高い石崖の鼻であった。その下がテニスコートの平地になっている。崖は二間、そ・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・栗本の右側にいる吉田は白樺に銃身をもたして、小屋を射撃した。銃声が霧の中にこだまして、弾丸が小屋の積重ねられた丸太を通して向うへつきぬけたことがこちらへ感じられた。吉田はつづけて三四発うった。 森の中を行っている者が、何者かにびっくりし・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 野鴨の剥製やら、鹿の角やら、いたちの毛皮に飾られて、十数挺の猟銃が黒い銃身を鈍く光らせて、飾り窓の下に沈んで横になっていた。拳銃もある。私には皆わかるのだ。人生が、このような黒い銃身の光と、じかに結びつくなどは、ふだんはとても考えられぬこ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・うむ、とりきんで足袋を引っぱったら、私はからだの重心を失い、醜くよろめいた。「あ。これは。」と私はやはり意味のわからぬ事を言い、卑屈に笑って、式台の端に腰をおろし、大あぐらの形になって、撫でたり引っぱったり、さまざまに白足袋をなだめさす・・・ 太宰治 「佳日」
・・・この空中反転作用は花冠の特有な形態による空気の抵抗のはたらき方、花の重心の位置、花の慣性能率等によって決定されることはもちろんである。それでもし虻が花の蕊の上にしがみついてそのままに落下すると、虫のために全体の重心がいくらか移動しその結果は・・・ 寺田寅彦 「思い出草」
・・・そろそろ回しながらまずこの団塊の重心がちょうど回転軸の上に来るように塩梅するらしい。それが、多年の熟練の結果であろうが、はじめひょいと載せただけでもう第一近似的にはちゃんと正しい位置におかれている、それで、あとはただこの団塊をしっかり台板に・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
出典:青空文庫