・・・このあとで僕の写真を見せたら、一体君の顔は三角定規を倒にしたような顔だのに、こう髪の毛を長くしちゃ、いよいよエステティッシュな趣を損うよ。と、入らざる忠告を聞かされた。 蔵六が帰った後で夕飯に粥を食ったが、更にうまくなかった。体中がいや・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・中でも松平兵部少輔は、ここへ舁ぎこむ途中から、最も親切に劬ったので、わき眼にも、情誼の篤さが忍ばれたそうである。 その間に、一方では老中若年寄衆へこの急変を届けた上で、万一のために、玄関先から大手まで、厳しく門々を打たせてしまった。これ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・人を殺せば自分も死なねばならぬというまず世の中に定規があるから、我身を投出して、つまり自分が死んでかかって、そうしてその憎い奴を殺すのじゃ。誰一人生命を惜まぬものはない、活きていたいというのが人間第一の目的じゃから、その生命を打棄ててかかる・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ 沼南にはその後段々近接し、沼南門下のものからも度々噂を聞いて、Yに対する沼南の情誼に感奮した最初の推服を次第に減じたが、沼南の百の欠点を知っても自分の顔へ泥を塗った門生の罪過を憎む代りに憐んで生涯面倒を見てやった沼南の美徳に対する感嘆・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・停車場は寂しく、平地に立てられている。定木で引いた線のような軌道がずっと遠くまで光って走っていて、その先は地平線のあたりで、一つになって見える。左の方の、黄いろみ掛かった畑を隔てて村が見える。停車場には、その村の名が付いているのである。右の・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・停車場は寂しく、平地に立てられている。定木で引いた線のような軌道がずっと遠くまで光って走っていて、その先の地平線のあたりで、一つになって見える。左の方の、黄いろみ掛かった畑を隔てて村が見える。停車場には、その村の名が付いているのである。右の・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ とにかく、見る眼の相違で同じものの長短遠近がいろいろになったり、二本の棒切れのどちらが定規でどちらが杓子だか分らなくなったりするためにこの世の中に喧嘩が絶えない。しかし、またそのおかげで科学が栄え文学が賑わうばかりでなく、批評家といっ・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・それであの親切な情誼の厚い田舎の人たちは切っても切れぬ祖先の魂と影とを弊履のごとく捨ててしまった。そうして自分とは縁のない遠い異国の歴史と背景が産み出した新思想を輸入している。伝来の家や田畑を売り払って株式に手を出すと同じ行き方である。・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・ 定規のようなものが一把ほどあるがそれがみんな曲りくねっている。升や秤の種類もあるが使えそうなものは一つもない。鏡が幾枚かあるがそれらに映る万象はみんなゆがみ捻れた形を見せる。物差のようなもので半分を赤く半分を白く塗り分けたものがある。・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・きればいい訳だが、惜しい哉この比較をするだけの材料、比較をするだけの頭、纏めるだけの根気がないために、すなわち門外漢であるがために、どうしても角度を知ることができないために、上下とか優劣とか持ち合せの定規で間に合せたくなるのは今申す通り門外・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫