・・・露骨に云えばあの男と楢山夫人との間にも、情交のある事を発見したのだ。どうして発見したかと云うような事は、君も格別聞きたくはなかろうし、僕も今更話したいとは思わない。が、とにかくある極めて偶然な機会から、僕自身彼等の密会する所を見たと云う事だ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・お通と渠が従兄なる謙三郎との間に処して、巧みにその情交を暖めたりき。他なし、お通がこの家の愛娘として、室を隔てながら家を整したりし頃、いまだ近藤に嫁がざりし以前には、謙三郎の用ありて、お通に見えんと欲することあるごとに、今しも渠がなしたるご・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・陪臣の身をもって、北条義時は朝廷を攻め、後鳥羽、土御門、順徳三上皇を僻陲の島々に遠流し奉ったのであった。そして誠忠奉公の公卿たちは鎌倉で審議するという名目の下に東海道の途次で殺されてしまった。かくて政権は確実に北条氏の掌中に帰し、天下一人の・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・あの菅公の宇多上皇に対する恩顧の思い出はそれを示して余りあり、理想の愛人に合うことの悦びはいまさらいうまでもなく花は一時に開き鳥は歌うのである。青春未婚の男女であってこの幸福を求めて胸を躍らせない者はないであろう。またそれは与えられるのが常・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・さて今回本紙に左の題材にて貴下の御寄稿をお願い致したく御多忙中恐縮ながら左記条項お含みの上何卒御承引のほどお願い申上げます。一、締切は十二月十五日。一、分量は、四百字詰原稿十枚。一、題材は、春の幽霊について、コント。寸志、一枚八円にて何卒。・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・そうしてむしろかえってさんざん道楽をし尽くしたような中年以上のパトロンと辛酸をなめ尽くして来た芸妓との間の淡くして深い情交などにしばしば最も代表的なノルマールな形で実現されたもののようである。 江戸の言葉で粋と言ったのは現代語をもってし・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・ しかしこのような訓練が実際上現在のこの東京市民にいかに困難であろうかという事は、試みにラッシュアワーの電車の乗降に際する現象を注意して見ていても直ちに理解されるであろう。東京市民は、骨を折ってお互いに電車の乗降をわざわざ困難にし、従っ・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・という水泳の伝書を読んでいたら、櫓業岩飛中返などに関する条項の中に「兼ねて飛びに自在を得る時は水ぎわまでの間にて充分敵を仕留めらるるものなり」とか、「船軍の節敵を組み落とし、水ぎわまでの間にて仕留めるという教えはよほど飛びに自在を得ざれば勝・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・当時R研究所での仕事に聯関して金米糖の製法について色々知りたいと思っていたところへ、矢島理学士から、西鶴の『永代蔵』にその記事があるという注意を受けたので、早速岩波文庫でその条項を読んでみた。そのついでにこの書のその他の各条も読んでみるとな・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・重力分布や垂直線偏差から推測さるるイソスタシーの状態、地殻潮汐や地震伝播の状況から推定さるる弾性分布などがわずかにやや信ずべき条項を与えているに過ぎない。かくのごとく直接観測し得らるべき与件の僅少な問題にたいしては種々の学説や仮説が可能であ・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
出典:青空文庫