・・・のお内儀さんは昔から笑い上戸だった。「あはは……。ぜんざい屋になったね」「一杯五円、甘おまっせ。食べて行っとくれやす」「よっしゃ」「どないだ、おいしおますか。よそと較べてどないだ? 一杯五円で値打おますか」「ある。甘いよ・・・ 織田作之助 「神経」
・・・十ほどあるその窓のあるものは明るくあるものは暗く閉ざされている。漏斗型に電燈の被いが部屋のなかの明暗を区切っているような窓もあった。 石田はそのなかに一つの窓が、寝台を取り囲んで数人の人が立っている情景を解放しているのに眼が惹かれた。こ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・が普通なるわざと三角にひねりて客の目を惹かんと企みしようなれど実は餡をつつむに手数のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店の小さいに似合わぬ繁盛、しかし餅ばかりでは上戸が困るとの若連中の勧告もありて、何は・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 父は、臼の漏斗に小麦を入れ、おとなしい牛が、のそのそ人の顔を見ながら廻っているのを見届けてから出かけた。 藤二は、緒を買って貰ってから、子供達の仲間に入って独楽を廻しているうちに、自分の緒が他人のより、大分短いのに気づいた。彼は、・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・ フランスの国歌は、なおつづき、夫は話しながら泣いてしまって、それから、てれくさそうに、無理にふふんと笑って見せて、「こりゃ、どうも、お父さんは泣き上戸らしいぞ。」 と言い、顔をそむけて立ち、お勝手へ行って水で顔を洗いながら、・・・ 太宰治 「おさん」
・・・五尺七寸の毛むくじゃらの男が、大汗かいて、念写する女性であるから笑い上戸の二、三の人はきっと腹をかかえて大笑いするであろう。私自身でさえ、少し可笑しい。男の読者のほとんど全部が、女性的という反省に、くるしめられた経験を、お持ちであろう。けれ・・・ 太宰治 「女人創造」
・・・ 三 三上戸 あるビルディングの二階にある某日本食堂へ昼飯を食いに上がった。デパートの休日でない日はそれほど込み合っていない。 室内を縦断する通路の自分とは反対側の食卓に若い会社員らしいのが三人、注文したうなぎど・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・流れの最も強い下流の方には方々直径七、八間ほどの漏斗形の大渦巻が出来ます。漁船などこれに巻込まれたら容易に出られなくなるそうです。汽船などでも流れの急でない時を見計らってでなければ通りません。図は前にも云った通り上げ潮の時の有様ですが、下げ・・・ 寺田寅彦 「瀬戸内海の潮と潮流」
・・・ ぱっと塔のねもとからまっかな雲が八方にほとばしりわき上がったと思うと、塔の十二階は三四片に折れ曲がった折れ線になり、次の瞬間には粉々にもみ砕かれたようになって、そうして目に見えぬ漏斗から紅殻色の灰でも落とすようにずるずると直下に堆積し・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・大きなものの中に輪が幾つもできて漏斗みたようにだんだん深くなる。と同時に今まで気のつかなかった方面へだんだん発展して範囲が年々広くなる。 要するにただいま申し上げた二つの入り乱れたる経路、すなわちできるだけ労力を節約したいと云う願望から・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫