・・・一葉女史の『たけくらべ』には「ぞかし」という語が幾個あるかと数え出した事もあれば、紅葉山人の諸作の中より同一の警句の再三重用せられているものを捜し出した事もあった。唖々子の眼より見て当時の文壇第一の悪文家は国木田独歩であった。 その年雪・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・しかしその後幾星霜を経て、大正六、七年の頃、わたくしは明治時代の小説を批評しようと思って硯友社作家の諸作を通覧して見たことがあったが、その時分の感想では露伴先生の『らんげんちょうご』と一葉女史の諸作とに最深く心服した。緑雨の小説随筆はこれを・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・その序詩の末段に、Qu'importe! ce n'est pas ta splendeur et ta gloireQue visitent mes pas et que veulent mes yeux ;Et je n・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・その場はそれで済みまして、いよいよ細君を連れて宅へ帰って見ますと、貝の利目はたちまちあらわれて、細君はその月から懐妊して、玉のような男子か女子か知りませんが生み落して老人は大満足を表すると云うのが大団円であります。ゾラ君は何を考えてこの著作・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 同志諸君の貴重なる生命が、腐敗した罐詰の内部に、死を待つために故意に幽閉されてあるという事実に対して、山田常夫君と、波田きし子女史とは所長に只今交渉中である。また一方吾人は、社会的にも世論を喚起する積りである。同志諸君、諸君も内部において・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
一 夫女子は成長して他人の家へ行き舅姑に仕ふるものなれば、男子よりも親の教緩にすべからず。父母寵愛して恣に育ぬれば、夫の家に行て心ず気随にて夫に疏れ、又は舅の誨へ正ければ堪がたく思ひ舅を恨誹り、中悪敷成て終には追出され恥・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・詠歌には巧なれども自身独立の一義に就ては夢想したることもなく、数十百部の小説本を読みながら一冊の生理書をも見たることもなき女史こそ多けれ。況して小説戯作は往々人の情を刺すこと劇しくして、血気の春とも言う可き妙年女子の為めには先ず以て有害にこ・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・この二人の目の前にある時一人の女子が現れた。僕の五官は疫病にでも取付かれたように、あの女子のために蹣跚いてただ一つの的を狙っていた。この的この成就は暗の中に電光の閃くような光と薫とを持っているように、僕には思われたのだ。君はそれを傍から見て・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・大人もあれば美しい瓔珞をかけた女子もございました。その女子はまっかな焔に燃えながら、手をあのおしまいの子にのばし、子供は泣いてそのまわりをはせめぐったと申しまする。雁の老人が重ねて申しますには、(私共は天の眷属でございます。罪があってた・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・今夜市庁のホールでうたうマリヴロン女史がライラックいろのもすそをひいてみんなをのがれて来たのである。 いま、そのうしろ、東の灰色の山脈の上を、つめたい風がふっと通って、大きな虹が、明るい夢の橋のようにやさしく空にあらわれる。 少女は・・・ 宮沢賢治 「マリヴロンと少女」
出典:青空文庫