・・・作者は女性の描写になると、たいてい「彼女は美人ではない。しかし……」とか何とか断っている。按ずるに無条件の美人を認めるのは近代人の面目に関るらしい。だから保吉もこのお嬢さんに「しかし」と云う条件を加えるのである。――念のためにもう一度繰り返・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・何か他の長所と云えば、天下に我我の恋人位、無数の長所を具えた女性は一人もいないのに相違ない。アントニイもきっと我我同様、クレオパトラの眼とか唇とかに、あり余る償いを見出したであろう。その上又例の「彼女の心」! 実際我我の愛する女性は古往今来・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・シオンの山の凱歌を千年の後に反響さすような熱と喜びのこもった女声高音が内陣から堂内を震動さして響き亘った。会衆は蠱惑されて聞き惚れていた。底の底から清められ深められたクララの心は、露ばかりの愛のあらわれにも嵐のように感動した。花の間に顔を伏・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ここまでいうと「有島氏が階級争闘を是認し、新興階級を尊重し、みずから『無縁の衆生』と称し、あるいは『新興階級者に……ならしてもらおうとも思わない』といったりする……女性的な厭味」と堺氏の言った言葉を僕自身としては返上したくなる。 次に堺・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ 木菟の女性である。「皆、東京の下町です。円髷は踊の師匠。若いのは、おなじ、師匠なかま、姉分のものの娘です。男は、円髷の亭主です。ぽっぽう。おはやし方の笛吹きです。」「や、や、千里眼。」 翁が仰ぐと、「あら、そんなでもあ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・優雅、温柔でおいでなさる、心弱い女性は、さような狼藉にも、人中の身を恥じて、端なく声をお立てにならないのだと存じました。 しかし、ただいま、席をお立ちになった御容子を見れば、その時まで何事も御存じではなかったのが分って、お心遣いの時間が・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 民子はさすがに女性で、そういうことには僕などより遙に神経が鋭敏になっている。さも口惜しそうな顔して、つと僕の側へ寄ってきた。「政夫さんはあんまりだわ。私がいつ政夫さんに隔てをしました……」「何さ、この頃民さんは、すっかり変っち・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・秋から冬にかけて木枯の寒い晩に一人の女性が、人生に感傷して歩いていたと云う姿が浮んで来る。自己対自然と云う悠遠な感じがどの作品にも脉打つように流れている。 僕はそれ等の作品を目して、セルフがはっきりと出ているからだと云いたい。それは即ち・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・それがまた日本女性としての誇りでもあり、真のつとめでもあります。他人の手に子供を委すべく余儀なくされても、母たるの自覚を失ってはならぬ。姿が見えると否とにかゝわらず子供の心は常に母親と共にあるのであるから、仕事を第一とし、子供を第二とするよ・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・ 一週間経ったある日、八十二歳の高齢で死んだという讃岐国某尼寺の尼僧のミイラが千日前楽天地の地下室で見世物に出されているのを、豹一は見に行った。女性の特徴たる乳房その他の痕跡歴然たり、教育の参考資料だという口上に惹きつけられ、歪んだ顔で・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫