・・・国家の法を裁すべき判事は、よく堪えてお幾の物語の、一部始終を聞き果てたが、渠は実際、事の本末を、冷かに判ずるよりも、お米が身に関する故をもって、むしろ情において激せざるを得なかったから、言下に打出して事理を決する答をば、与え得ないで、「・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・恐らく、ぼくの願いは自利的な支離滅裂な、ぜいたくなものでしょう。而し、いまのまま一月も同じ商人暮しがつづいたら、ぼくは自殺するか、文学をやめるか、のほかにない気がするのです。或いは続けるかも知れません。続けはしたい――然し、今書いているのは・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・おそらく芭蕉は少なくも無意識にはこれらの事理に通暁していたではないかと想像される。そうして場合に応じて適当なる楽器編成を行なったのではないかと想像されるのである。 これは単に音楽と連句との仮想的対照によって私の得た一つの暗示に過ぎない。・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ 然りといえども、よく事理を詳し、そのよるところ、その安んずるところを視察せば、人おのおのその才に所長あり、その志に所好あり、所好は必ず長じ、所長は必ず好む。今天下の士君子、もっぱら世事に鞅掌し、干城の業を事とするも、あるいは止むをえざ・・・ 福沢諭吉 「中元祝酒の記」
・・・に限らず、一夫衆婦に接し、一婦衆男に交わるも、木石ならざる人情の要用にして、臨時非常の便利なるべしといえども、これは人生に苦楽相伴うの情態を知らずして、快楽の一方に着眼し、いわゆる丸儲けを取らんとする自利の偏見にして、今の社会を害するのみな・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・民主なる文学ということは、私たち一人一人が、社会と自分との歴史のより事理にかなった発展のために献身し、世界歴史の必然な働きをごまかすことなく映しかえして生きてゆくその歌声という以外の意味ではないと思う。 そして、初めはなんとなく弱く、あ・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・そのために、すべての婦人は事理明白であろうと願っているし、無限の若さを、その最後まで惜しまず新しい日本のために注ぐことを切望している。穢い手がわたしたちの肩にかけられたとき、婦人はどうするであろう。その手を、ふり払って、自分の道を進まないも・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ 木村が文芸欄を読んで不公平を感ずるのが、自利的であって、毀られれば腹を立て、褒められれば喜ぶのだと云ったら、それは冤罪だろう。我が事、人の事と言わず、くだらない物が讃めてあったり、面白い物がけなしてあったりするのを見て、不公平を感ずる・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫