・・・いや、たしかに HERBERT だ、そんなに有名な作家でもないようだから、ちょっと人名字典か何かで調べてみて呉れ、と重ねてたのみました。手紙で返事を寄こして、僕、寡聞にして、ヘルベルト・オイレンベルグを知りませず、恥じている。マイヤーの大字・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・私は人命救助のために、雑草を踏みわけ踏みわけ一直線に走っていると、「あいたたた、」と突然背後に悲鳴が起り、「君、ひどいじゃないか。僕のおなかを、いやというほど踏んでいったぞ。」 聞き覚えのある声である。力あまって二三歩よろめき前進し・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・蔵から父の古い人名辞典を見つけだし、世界の文豪の略歴をしらべていた。バイロンは十八歳で処女詩集を出版している。シルレルもまた十八歳、「群盗」に筆を染めた。ダンテは九歳にして「新生」の腹案を得たのである。彼もまた。小学校のときからその文章をう・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・とりわけ、地名や人名または切支丹の教法上の術語などには、きっとなやまされるであろうと考えた。白石は、江戸小日向にある切支丹屋敷から蛮語に関する文献を取り寄せて、下調べをした。 シロオテは、程なく江戸に到着して切支丹屋敷にはいった。十一月・・・ 太宰治 「地球図」
・・・それが、今では、人名辞典を開けば、すなわち「葛原勾当」の項が、ちゃんと出ているのであるから、故勾当も、よいお孫を得られて、地下で幽かに緩頬なされているかも知れない。 葛原勾当。徳川中期より末期の人。箏曲家他。文化九年、備後国深安郡八尋村・・・ 太宰治 「盲人独笑」
昭和八年三月三日の早朝に、東北日本の太平洋岸に津浪が襲来して、沿岸の小都市村落を片端から薙ぎ倒し洗い流し、そうして多数の人命と多額の財物を奪い去った。明治二十九年六月十五日の同地方に起ったいわゆる「三陸大津浪」とほぼ同様な・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・ そういう不安をさらにあおり立てでもするように、ことしになってからいろいろの天変地異が踵を次いでわが国土を襲い、そうしておびただしい人命と財産を奪ったように見える。あの恐ろしい函館の大火や近くは北陸地方の水害の記憶がまだなまなましいうち・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・勿論土佐の日下は山地である、人名等より来たであろうが、もとは渡しかもしれぬ、崇神紀に「クスハノワタシ」というのがある。十市 「トンチ」穴。また「トツエ」は沼の潰れし処。またチャム「ト」は中央「テ」は場所。十市の地名は記紀にもある。穴・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・こういう意味から言えば、新聞記事に現われた除幕式は純然たる概念的公式的の除幕式であって、甲のものと、乙のものとは人名などの活字面が少しちがうだけであって、どれもこれも具象的内容においては全く同じものである。それだから、記者が列席もしないのに・・・ 寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
・・・文芸に従事するものはこの意味で後世に伝わらなくては、伝わる甲斐がないのであります。人名辞書に二行や三行かかれる事は伝わるのではない。自分が伝わるのではない。活版だけが伝わるのであります。自己が真の意味において一代に伝わり、後世に伝わって、始・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫