・・・そういう覚悟を取ることがかえって経過の純粋性を保ち、事件の推移の自然を助けるだろうと信ずるのだ。かかる態度が直接に万が一にも労働階級のためになることがあるかもしれない。中流階級に訴える僕の仕事が労働階級によって利用される結果になるかもしれな・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ただ世の中のことは一つだって理窟によって推移していないだけだ。たとえば、近頃の歌は何首或は何十首を、一首一首引き抜いて見ないで全体として見るような傾向になって来た。そんなら何故それらを初めから一つとして現さないか。一一分解して現す必要が何処・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・中には戯文や駄洒落の才を頼んで京伝三馬の旧套を追う、あたかも今の歌舞伎役者が万更時代の推移を知らないでもないが、手の出しようもなくて歌舞伎年代記を繰返していると同じであった。が、大勢は終に滔々として渠らを置去りにした。 かかる折から卒然・・・ 内田魯庵 「四十年前」
時間的に人事の変遷とか、或は事件の推移を書かないで、自分の官能を刺戟したものを気持で取扱って、色彩的に描写すると云うことは新らしき文芸の試みである。 だから、それは時間的と云うよりは寧ろ空間的に書くことになる。元来これは絵画の領域・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・とは、いうもの、この間、街頭の響きから、人間との接触から、そこに感じられた複雑な人生の幾多の変遷と推移が、文壇の上にも、もしくは、他の社会の上にもあったことを考え出さずにはいられません。私自身にとっても、憧憬、煩悶、反抗、懐疑、信仰、いろ/・・・ 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
・・・いかに、尊敬する人の著書にしろ、時代に推移があり諸科学上に進歩があるからです。書中の認識や、引例等にも、多少の改変を要するものあるは勿論であります。こうした批評眼を有しないものならば、また、読書子の資格のなきものです。 雑誌に載った・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・更に詳しく述べれば、われ/\は読書の間に、自分の無し得ない多くの而して未知の経験と、発見し得ない真理と、さまざまなる知識、力、推移とを、知り且つ味ふことが出来るからである。 それならば、われ/\はどういう書物を、どういう風に読んだらいゝ・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・するとどよめきに沸き返りまたすーっと収まってゆく場内の推移が、なにか一つの長い音楽のなかで起ることのように私の心に写りはじめた。 読者は幼時こんな悪戯をしたことはないか。それは人びとの喧噪のなかに囲まれているとき、両方の耳に指で栓をして・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・これは古今を縦に貫いて人間の倫理的思想が如何に発展し、推移して来たかを見るためである。後なるものは前なるものの欠陥を補い、また人間の社会生活の変革や、一般科学の進歩等の影響に刺激され、また資料を提供されて豊富となって来ている。しかし後期のも・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 同一人にとっても、問いの所在ならびに解決方途の異なるにしたがって、かような指導書もまた推移していく。私にとってはそれはカルル・ヒルティの『眠られぬ夜のため』であった時期もあった。『歎異鈔』であった時期もあった。禅宗の普覚大師ノ書であっ・・・ 倉田百三 「学生と読書」
出典:青空文庫