・・・この聖徒は太い血管の中に水夫の血を流していました。が、唇をごらんなさい。砒素か何かの痕が残っています。第七の龕の中にあるのは……もうあなたはお疲れでしょう。ではどうかこちらへおいでください。」 僕は実際疲れていましたから、ラップといっし・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・丁度この話へ移る前に、上人が積荷の無花果を水夫に分けて貰って、「さまよえる猶太人」と一しょに、食ったと云う記事がある。前に季節の事に言及した時に引いたから、ここに書いて置くが、勿論大した意味がある訳ではない。――さて、その問答を見ると、大体・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・紅毛人の水夫が二人、檣の下に賽を転がしている。そのうちに勝負の争いを生じ、一人の水夫は飛び立つが早いか、もう一人の水夫の横腹へずぶりとナイフを突き立ててしまう。大勢の水夫は二人のまわりへ四方八方から集まって来る。 6 仰・・・ 芥川竜之介 「誘惑」
・・・この婆娑羅の大神と云うのが、やはりお島婆さんのように、何とも素性の知れない神で、やれ天狗だの、狐だのと、いろいろ取沙汰もありましたが、お敏にとっては産土神の天満宮の神主などは、必ず何か水府のものに相違ないと云っていました。そのせいかお島婆さ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・薄地セルの華奢な背広を着た太った姿が、血みどろになって倒れて居るのを、二人の水夫が茫然立って見て居た。 私の心にはイフヒムが急に拡大して考えられた。どんな大活動が演ぜられるかと待ち設けた私の期待は、背負投げを喰わされた気味であったが、き・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・丁度兄の伊藤八兵衛が本所の油堀に油会所を建て、水藩の名義で金穀その他の運上を扱い、業務上水府の家職を初め諸藩のお留守居、勘定役等と交渉する必要があったので、伊藤は専ら椿岳の米三郎を交際方面に当らしめた。 伊藤は牙籌一方の人物で、眼に一丁・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・それから水夫を二百人集めておもらいなさい。」と言いました。 ウイリイはそれをすっかりととのえてもらって、船へつみこみました。二百人の水夫も乗りこみました。馬は、「もうこれでいいから、しまいに大麦を一俵私に下さい。そしてこの手綱をゆる・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ むかし、デンマークの或るお医者が、難破した若い水夫の死体を解剖して、その眼球を顕微鏡でもって調べその網膜に美しい一家団欒の光景が写されているのを見つけて、友人の小説家にそれを報告したところが、その小説家はたちどころにその不思議の現象に・・・ 太宰治 「雪の夜の話」
・・・ 津々浦々に海の幸をすなどる漁民や港から港を追う水夫船頭らもまた季節ことに日々の天候に対して敏感な観察者であり予報者でもある。彼らの中の古老は気象学者のまだ知らない空の色、風の息、雲のたたずまい、波のうねりの機微なる兆候に対して尖鋭な直・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・舳へ行って見たら、水夫が大勢寄って、太い帆綱を手繰っていた。 自分は大変心細くなった。いつ陸へ上がれる事か分らない。そうしてどこへ行くのだか知れない。ただ黒い煙を吐いて波を切って行く事だけはたしかである。その波はすこぶる広いものであった・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
出典:青空文庫