・・・わたしとしては、過去のプロレタリア・リアリズムが主張した階級対立に重点をおいた枠のある方法では、階級意識のまだきわめて薄弱な女主人公の全面を、その崩壊の端緒をあらわしている中流的環境とともに掬いあげ切れない。佐々という中流層の家庭の崩壊過程・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・現代のアクタモクタの全部を片はじから、手にあたるもの耳にきくもの、しゃくい上げることがホントに人生に向って何かを掬いあげた文学であると云えるならば、三好十郎が田村泰次郎その他を小豚派という必然は失われる。こんにちの社会と文学の話として、なっ・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・でも、ここにいらっしゃる以上は身に近いものとしてお考えになっていらっしゃる方でしょうけれども、或る人達が中心になって拵えるものを文学と思っている今までの考え方をやめて、やはり生活というものに手を入れて掬い上げたものが文学である、憤慨、笑い、・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
・・・彼は食事の時刻が来ると、黙って匙にスープを掬い、黙って妻の口の中へ流し込んだ。丁度、妻の腹の中に潜んでいる死に食物を与えるように。 あるとき、彼は低い声でそっと妻に訊ねてみた。「お前は、死ぬのが、ちょっとも怖くはないのかね。」「・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・「神よ、彼女を救い給え。神よ、彼女を救い給え。」 彼は一握の桜草を引きむしって頬の涙を拭きとった。海は月出の前で秘めやかに白んでいた。夜鴉が奇怪なカーブを描きながら、花壇の上を鋭い影のように飛び去った。彼は心の鎮むまで、幾回となく、・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ ――例外の一と二とに現われた二つの道が日本画を救い得るかどうか。それは未来にかかった興味ある問題である。 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫