・・・そこへ彼も潮に濡れたなり、すたすた板子を引きずって来た。が、ふと彼の足もとに僕等の転がっているのを見ると、鮮かに歯を見せて一笑した。Mは彼の通り過ぎた後、ちょっと僕に微苦笑を送り、「あいつ、嫣然として笑ったな。」と言った。それ以来彼は僕・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・彼れはすたすたと佐藤の小屋に出かけた。が、ふと集会所に行ってる事に気がつくとその足ですぐ神社をさして急いだ。 集会所には朝の中から五十人近い小作者が集って場主の来るのを待っていたが、昼過ぎまで待ちぼけを喰わされてしまった。場主はやがて帳・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・と同時に、自分でもどうすることもできない力に引っ張られて、すたすたと逃げるように行手の道に歩きだした。しかも彼の胸の底で、手を合わすようにして「許してくれ許してくれ」と言い続けていた。自分の行くべき家は通り過ぎてしまったけれども気もつかなか・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・お社の柵の横手を、坂の方へ行ったらしいで、後へ、すたすた。坂の下口で気が附くと、驚かしやがらい、畜生めが。俺の袖の中から、皺びた、いぼいぼのある蒼い顔を出して笑った。――山は御祭礼で、お迎いだ――とよう。……此奴はよ、大い蕈で、釣鐘蕈と言う・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・っちょで、てしま茣蓙、脚絆穿、草鞋でさっさっと遣って来た、足の高い大男が通りすがりに、じろりと見て、いきなり価をつけて、ずばりと買って、濡らしちゃならぬと腰づけに、きりりと、上帯を結び添えて、雨の中をすたすたと行方知れずよ。……「分った・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・女が手を離すのと、笊を引手繰るのと一所で、古女房はすたすたと土間へ入って行く。 私は腕組をしてそこを離れた。 以前、私たちが、草鞋に手鎌、腰兵粮というものものしい結束で、朝くらいうちから出掛けて、山々谷々を狩っても、見た数ほどの蕈を・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・それでも汗の出るまで、脚絆掛で、すたすた来ると、幽に城が見えて来た。城の方にな、可厭な色の雲が出ていたには出ていたよ――この風になったんだろう。 その内に、物見の松の梢の尖が目に着いた。もう目の前の峰を越すと、あの見霽しの丘へ出る。……・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・が冷く浪のさきに触れたので、昼間は鉄の鍋で煮上げたような砂が、皆ずぶずぶに濡れて、冷こく、宛然網の下を、水が潜って寄せ来るよう、砂地に立ってても身体が揺ぎそうに思われて、不安心でならぬから、浪が襲うとすたすたと後へ退き、浪が返るとすたすたと・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・どうぞおかまいなく、お引き取りを、と言うまでもなし……ついと尻を見せて、すたすたと廊下を行くのを、継児のような目つきで見ながら、抱き込むばかりに蓋を取ると、なるほど、二ぜんもり込みだけに汁がぽっちり、饂飩は白く乾いていた。 この旅館が、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・や、お前、あんまり可哀そうだから、私がその病気を復と立ったまま手を引くように致しましたが、いつの間にやら私の体は、あの壁を抜けて戸外へ出まして、見覚のある裏山の方へ、冷たい草原の上を、貴方、跣足ですたすた参るんでございます。」 ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
出典:青空文庫