・・・ 一帆は誰よりも後れて下りた。もう一人も残らないから、女も出たには違いない。 三 が、拍子抜けのした事は夥多しい。 ストンと溝へ落ちたような心持ちで、電車を下りると、大粒ではないが、引包むように細かく降懸・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・こないだも、或る先輩のお方と話合ったことですが、じっさい、自分自身の胸にストンと全部、きれいに納得できるような作品、一つでも自分が書いていたら、また、いますぐ書ける自信があったら、なんで、こんな、どぶ鼠みたいに、うろうろしていようぞ。銀座で・・・ 太宰治 「正直ノオト」
・・・ 大きな字で濃く薄くのたくった見っともない手紙を、硯のわきに長く散らばしたまま、お君は偉く疲れた気持で、ストンと仰向になった。 瞼の上には、眠気が、甘ったるく、重く、のしかかって来る。 やがて、恭二などが帰って来る頃なので、髪を・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫