・・・普通の東京住いの市民などは見たことないような桜花爛漫の美を眺めたが、点景人物として映されている日本の女はどれも皆特別仕立ての日本髷と、特別仕立てに誇張された歩きぶりとである。花の中なる花の姿で全篇が終っている。私は身なりよい人々の間にはさま・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・国語で一つの間違いでもすまい、というのが私の心算であった。父が、綺麗な西洋紙の、大きな帳面をくれたことがある。私はそれに赤や紺や紫や、買い集められただけの色インクで、びっしりと書取りをして行った。大判の頁、一枚ときめ、椽側で日向ぼっこをしな・・・ 宮本百合子 「入学試験前後」
・・・ そのきたない人間達は鉄の鎧なんか持って居りますまいもの。 ねえ貴方、ほんとうにお相手はどこの王様でいらっしゃいますの?第一の女法王様でございますわ――二人の女はだまって顔を見合わせる。暫時沈黙。うめく様に非番の老近・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ 阿部一族の立て籠った山崎の屋敷は、のちに斎藤勘助の住んだ所で、向いは山中又左衛門、左右両隣は柄本又七郎、平山三郎の住いであった。 このうちで柄本が家は、もと天草郡を三分して領していた柄本、天草、志岐の三家の一つである。小西行長・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 蠣殻町の住いは手狭で、介抱が行き届くまいと言うので、浜町添邸の神戸某方で、三右衛門を引き取るように沙汰せられた。これは山本家の遠い親戚である。妻子はそこへ附き添って往った。そのうちに原田の女房も来た。 神戸方で三右衛門は二十七・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・それまでに願書を受理しようとも、すまいとも、同役に相談し、上役に伺うこともできる。またよしやその間に情偽があるとしても、相当の手続きをさせるうちには、それを探ることもできよう。とにかく子供を帰そうと、佐佐は考えた。 そこで与力にはこう言・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・近所のものが誰の住まいになるのだと云って聞けば、松平の家中の士で、宮重久右衛門と云う人が隠居所を拵えるのだと云うことである。なる程宮重の家の離座敷と云っても好いような明家で、只台所だけが、小さいながらに、別に出来ていたのである。近所のものが・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・ 木村はこの仲間ではほとんど最古参なので、まかない所の口に一番遠い卓の一番壁に近い端に据わっている。角力で言えば、貧乏神の席である。 Vis-ウィザ ウィイス の先生は、同じ痩せても、目のぎょろっとした、色の浅黒い、気の利いた風の男・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・ 住まいは分かった。ツァウォツキイはまた歩き出した。 ユリアは労働者の立てて貰う小家の一つに住んでいる。その日は日曜日の午前で天気が好かった。ユリアはやはり昔の色の蒼い、娘らしい顔附をしている。ただ少し年を取っただけである。ツァウォ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ 秋三は自分の子供時代に見た村相撲の場景を真先に思い浮かべた。それは、負けても賞金の貰える勝負に限って、すがめの男が幾度となく相手関わず飛び出して忽ち誰にも棹のように倒されながら、なお真面目にまたすがめをしながら土俵を下って来る処であっ・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫