・・・背のすらりとした、ものごしの優しい、いつも髪は――一体読者の要求するのはどう云う髪に結った女主人公ですか? 主筆 耳隠しでしょう。 保吉 じゃ耳隠しにしましょう。いつも髪を耳隠しに結った、色の白い、目の冴え冴えしたちょっと唇に癖のあ・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・けれども見たところはすらりとしている。殊に脚は、――やはり銀鼠の靴下に踵の高い靴をはいた脚は鹿の脚のようにすらりとしている。顔は美人と云うほどではない。しかし、――保吉はまだ東西を論ぜず、近代の小説の女主人公に無条件の美人を見たことはない。・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・胸も、腹も、後足も、すらりと上品に延びた尻尾も、みんな鍋底のようにまっ黒なのです。まっ黒! まっ黒! 白は気でも違ったように、飛び上ったり、跳ね廻ったりしながら、一生懸命に吠え立てました。「あら、どうしましょう? 春夫さん。この犬はきっ・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・…… 勿体なくも、路々拝んだ仏神の御名を忘れようとした処へ――花の梢が、低く靉靆く……藁屋はずれに黒髪が見え、すらりと肩が浮いて、俯向いて出たその娘が、桃に立ちざまに、目を涼しく、と小戻をしようとして、幹がくれに密と覗いて、此方をば熟と・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 襖がすらりとあいたようだから、振返えると、あらず、仁右衛門の居室は閉ったままで、ただほのかに見える散れ松葉のその模様が、懐しい百人一首の表紙に見えた。 泉鏡花 「縁結び」
・・・ お民はそのまま、すらりと敷居へ、後手を弱腰に、引っかけの端をぎゅうと撫で、軽く衣紋を合わせながら、後姿の襟清く、振返って入ったあと、欄干の前なる障子を閉めた。「ここが開いていちゃ寒いでしょう。」「何だかぞくぞくするようね、悪い・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・「わたし、あの、青い花の香りをかいで、お姉さんを思い出したの、背のすらりとした、頭髪のすこしちぢれた方でなくって?」といいました。「ああそうだったよ。」と、お母さまは、よくお姉さんを思い出したといわぬばかりに、我が子の顔を見て、にっ・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・ それは昨日の晩方、港の方へ歩いてゆくと、町の中で脊のすらりっとした、ほおの色の美しい、りっぱな着物を着た旅の女の人を見たのでした。 二郎は、足もとに咲いている赤い花が、風になよなよと吹かれている姿が、その人のようすそのままであった・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・呼ぶとすらりとした長身を起して傍へ来た。豹一はぱっと赧くなったきりで、物を言おうとすると体が震えた。呆れるほど自信のないおどおどした表情と、若い年で女を知りつくしている凄みをたたえた睫毛の長い眼で、じっと見据えていた。 その夜、その女と・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ その時の本番が静子で、紫地に太い銀糸が縦に一本はいったお召を着たすらりとした長身で、すっとテーブルへ寄って来た時、私はおやと思った。細面だが額は広く、鼻筋は通り、笑うと薄い唇の両端が窪み、耳の肉は透きとおるように薄かった。睫毛の長い眼・・・ 織田作之助 「世相」
出典:青空文庫