・・・ 次の日もまたその次の日も、そしてそれからずっと吉は毎日同じことをした。 ひと月もたつと四月が来て、吉は学校を卒業した。 しかし、少し顔色の青くなった彼は、まだ剃刀を研いでは屋根裏へ通い続けた。そしてその間も時々家の者らは晩飯の・・・ 横光利一 「笑われた子」
・・・なんでもずっと遠くにある物を見ているかと思うように、空を見ていた。悲しげな目というでもない。真面目な、ごく真面目な目で、譬えば最も静かな、最も神聖な最も世と懸隔している寂しさのようだとでも云いたい目であった。そうだ。あの男は不思議に寂しげな・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・あなたに読んでいただくずっと前に、あなたに手紙を書いたという事だけで私にはもう効能があったのです。私はこの手紙に論理的連絡の欠けている事を知っています。しかしそれはかまいません。私はもうこの手紙を書き初めた時の目的を達しました。 空が物・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫