・・・ と青い帽子をずぼらに被って、目をぎろぎろと光らせながら、憎体な口振で、歯磨を売る。 二三軒隣では、人品骨柄、天晴、黒縮緬の羽織でも着せたいのが、悲愴なる声を揚げて、殆ど歎願に及ぶ。「どうぞ、お試し下さい、ねえ、是非一回御試験が・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・文芸家のひまとのらくら華族や、ずぼら金持のひまといっしょにされちゃ大変だ。だから芸術家が自分を閑人と考えるようじゃ、自分で自分の天職を抛つようなもので、御天道様にすまない事になります。芸術家はどこまでも閑人じゃないときめなくっちゃいけない。・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 僕はこんなずぼらな、のんきな兄らの中に育ったのだ。また従兄にも通人がいた。全体にソワソワと八笑人か七変人のより合いの宅みたよに、一日芝居の仮声をつかうやつもあれば、素人落語もやるというありさまだ。僕は一番上の兄に監督せられていた。・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
・・・ 奥さんがずぼらななりをして居るのに、いつもその子は、きちっとした風をして居た。 ちょくちょく下の妹もつれて来た。 ちょんびりな髪をお下げに結んで、重みでぬけて行きそうなリボンなどをかけて、大きな袂の小ざっぱりとしたのを着せられ・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・箇人教授をしているのだが、藍子の他に彼に弟子は無く、またあったとしても無くなるのが当然な程、彼はずぼらな男であった。火曜と木曜の稽古の日藍子が彼の二階へ訪ねて行ってもいない時がよくあった。昨日からお帰りにならないんですよ。階下の神さんが藍子・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫